実際、2017年8月に実施された内閣府の世論調査によると、障害者を手助けしたことがない人(対象数677人)に理由を尋ねると、「困っている障害者を見かける機会がなかった」(79.5%)、「どのように接したらよいかわからなかったから」(12.0%)という答えが寄せられています(複数回答可)。

 では、どうしたら配慮が行き渡るのでしょうか。最も有効なのは障害当事者の意見を聞くことですが、内閣府の調査が示す通り、困っている障害者を見掛ける機会が少ないとすると、なかなか当事者から話を聞くのは難しいかもしれません。

 そこで今回は次善の策として、昔の映画を観ることで、現在の社会を相対的、客観的に捉えたいと思います。つまり、今と当時の比較を通じて、「当時は画期的な映画でも、こういう状態だったのか」と感じることで、私たちが暮らす現代という時代を相対化し、将来を考える一助にしようというわけです。

 ここでは聴覚障害者を取り上げた1965年公開の『この声なき叫び』、1961年公開の『名もなく貧しく美しく』という二つの映画を基に、話を進めます。

田村正和の主演映画
コミュニケーションは「口話」が中心

『この声なき叫び』で主演を演じたのは田村正和。ドラマ『古畑任三郎』などのイメージが強いですが、当時はデビューした直後で、おもちゃ工場で働く労働者、佐々木晋一の役を演じました。

 映画のあらすじはこうです。父親を早くに亡くした晋一は、病弱な母親と貧しい長屋で2人暮らし。幼少期の肺炎による高熱で聴力を失いましたが、片言で言葉を話せることもあり、地元のおもちゃ工場に職を見つけました。

 そんな時に事件が起きます。晋一が買ってきたビタミン剤を飲み、母親が急死したのです。しかも、ビタミン剤にヒ素が入っていること、晋一の机からヒ素が見つかったことで、警察は晋一を逮捕します。

 しかし、晋一は無罪を主張します。母親とは仲が良かったし、ヒ素についてもミルク工場で働くろう学校OBの知り合いから譲り受けた後、「死にたい」と考えていたので保管していたのだと答え、一貫して犯行を否認します。