4500円の理容室に未来はあるのか?

「遠方から来ると時間がかかる。この時間にホンマはいくら稼げたかというのを〈機会費用〉と言うんやけどな。つまり、費用がかかってくるわけや。その上、移動するから交通費もかかる」

「なるほど」

「せやから、10分1000円の理容室は、圧倒的に『近所』か『ついで』の完全地域密着や」

「そうですね」

「じゃあ、4500円のお店に来る人はどうやと思う?」

「ちょっとは、遠くからも来てくれるんじゃないですか?」

「その可能性はある。でもな、4500円払える人は、それなりに稼いでいる分、機会費用も高いから、わざわざ遠くまで髪を切りには行かない、と考えるのが普通や。だから、一般的には、やっぱり地域密着なんや」

「じゃ、ダメじゃないですか?」

オレはスーッと血が引き、目の前が真っ暗になる気がした。

「ダメかどうかは、やってみないとわからん。絶対にやりようはあるはずなんや。要はこの地域に密着し、この近隣で勝負せなアカンいうことや。しかも、インパクトの強さで売るレストランでなら可能な作戦も、残念ながら理容室では通用しない」

「はい。あの……」

「なんや?」

「4500円の理容室に未来はあるのでしょうか?」

鏡の中のオレの心配そうな顔を見た立三さんは、左手の人差し指で自分のこめかみと左胸をトントンと突いてみせ、「ココとココ次第や」と笑った。

【プッシュ戦略】
生産者が、卸売業者や小売業者を通じて、消費者に積極的に売り込んでいく販売戦略。

【プル戦略】
生産者が、広告などの消費者向けのプロモーションによって消費者の購買意欲を喚起し、販売店やインターネットサイトなどに誘動する販売戦略。

【機会費用】
ある生産要素を特定の用途に利用する場合、それを別の用途に利用したならば得られたであろう価値のこと。