実は春闘でトヨタが独自の動きをしたのは初めてではない。

 02年の春闘では、トヨタ経営陣は労組のベア要求に対し「ベアゼロ」を回答した。大手企業が軒並み不振にあえぐなか、当時のトヨタは海外展開に成功して業績を伸ばし、例年以上にリーダー役を期待されていただけに、関係者の衝撃は大きかった。

 翌年以降の春闘では、ベア要求抑制のムードが定着してしまい、労組側は定期昇給や雇用の維持に軸足を移して存在感を示すしかなかった。

 しかし、今回の「トヨタショック」が象徴する問題は、その時以上に深刻だ。

 賃金アップの主導権が労組から政権へと移りつつあることを物語り、春闘での労組の存在意義そのものが問われかねない事態だからだ。

来年以降、「非公表」増える可能性
春闘の存亡の危機に

 菅義偉官房長官は記者会見で、トヨタの回答に触れ、「企業収益を踏まえた賃上げの環境が実現し、こうした流れが中小企業、非正規にも広がっていくことを期待したい」。満足げだ。円安や法人減税で大企業の収益を支え、日本経済の牽引役にする。そんな「アベノミクス」の成功事例に、政権側は春闘を位置づけようとしている。

 トヨタの経営側は来年以降も同様の回答を続ける方針を表明しており、賃上げ額の「非開示」がほかの大手企業に広がる可能性は高い。このまま春闘は、政権が経済政策の順調ぶりをアピールするための「茶番劇」へと成り下がっていくのだろうか。

 春闘が日本経済に果たしてきた役割は小さくない。好況の業種や大手が牽引役になり横並びで、業績の劣る企業にも賃上げを促し、分厚い中流層をつくる礎となった。不況期にも定期昇給の維持などで生活水準の底割れを防いできた。

 こうして60年以上の歴史を刻んできた「春闘」だが、存亡の危機につながりかねない局面だ。

(朝日新聞経済部記者 内藤尚志)