Photo:代表撮影/ロイター/アフロ

拙著、『知性を磨く』(光文社新書)では、21世紀には、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という7つのレベルの知性を垂直統合した人材が、「21世紀の変革リーダー」として活躍することを述べた。第43回の講義では、「技術」に焦点を当て、拙著、『ダボス会議に見る世界のトップリーダーの話術』(東洋経済新報社)において述べたテーマを取り上げよう。

優れたリーダーは、一挙手一投足もメッセージとする

 今年3月の大統領選で、ウラジーミル・プーチンが、70%以上の得票率を得て、圧勝の形で4選を決めた。

 選挙の勝利を祝う集会で演説するプーチン大統領の姿を見ていると、彼がロシアの首相であった9年前のダボス会議におけるスピーチを思い出す。

 2009年の世界経済フォーラム年次総会、ダボス会議。このときの彼は、弟分のメドベージェフに大統領の座を託し、首相ながら、実質的なロシアの国家リーダーとして君臨していた。当時は、崩壊寸前のロシア経済を立て直したリーダーとして、国民の人気も高く、国内政治も安定政権として取り組める状況であった。

 その状況を考えると、彼がダボス会議の壇上に立つには、十分な追い風なのだが、プレナリー・セッションにおいて、彼が壇上に上がったとき、聴衆の一人として、軽い失望を禁じ得なかった。

 それは、なぜか。

 彼の歩き方に、彼の心の中の緊張が現れていたからである。

 それは、もとより「おどおどした歩き方」という意味ではなく、逆である。彼の胸を張って堂々と歩く、いや歩こうとする姿に、一種の「虚勢」を感じたからである。

 一瞬、彼が柔道の黒帯であることを思い出し、それは、柔道家の歩き方だからかとも思ったが、やはり違った。彼の内面の緊張が、肩を張った、ある種の「虚勢」として伝わってきたからである。そして、その緊張と虚勢は、恐らく、ダボス会議の聴衆の多くにも伝わっただろう。

 では、なぜ、彼は、ダボス会議において、こうした緊張と虚勢を示したのか。

 それは、ロシア国内でのスピーチと、ダボス会議でのスピーチの、決定的な違いのためであろう。

 国内でのスピーチでは、国家権力を背負った「専制君主」としてスピーチができる。また、それゆえ、聴衆の多くも、彼に批判的であったり、彼の人物を見抜こうとするような聴衆ではない。

 しかし、ダボス会議の聴衆は、全く違う。この聴衆は、彼の持つ国家権力に直接影響されない人々であり、むしろ、彼を堂々と批判できる立場であり、彼の人物を鋭く見抜こうとする人々である。その違いが、あの場の空気に表れていた。

 それが、ダボス会議という場の持つ「圧力」であるが、その「圧力」との無意識の勝負に、プーチンは敗れた。壇上のプーチンを見ていて、筆者は、そう感じた。