後は、現在、保険料の形になっているものや各種の税金になっているものの(もちろん借金の償還も含めて)、負担をどう公平かつ簡素なものにするかを考えたらいい。

 ベーシックインカムが「これでは足りない」ということであれば、現行の制度でも再配分が不十分である可能性が大きいと筆者は思うし、特定の社会的弱者に対して(なるべくシンプルな基準がいいが)給付を増額する措置を考えることもできるだろう。

 また、ベーシックインカムは、大幅な行政の簡素化(たとえば社保庁は廃止可能かも知れないし、自治体は生活保護に関する業務が要らなくなるなど)を意図する仕組みでもあるので、現在の制度運営コストよりもコストを下げた分も、負担の軽減またはベーシックインカムの追加財源として投入可能だ。

 ベーシックインカムは、どの道すぐに実現する制度ではない。「やれば、できる」という見当さえついていれば、今、詳細な財源論に立ち入る必要はない。

「現金給付」の居心地の悪さ
どこに感情的な抵抗を覚えるか

 筆者の立場からすると、「感情的な反発」と思える意見も少なからずあった。それは、ベーシックインカムの長所を認めつつも、「何やら気持ちが悪い」と判断を留保したいとするものだ。

 もっとも、人間は最終的には感情によって物事を決めて行動する主体なので、ベーシックインカムのどこに感情的な抵抗を覚えるのかという問題は極めて重要だ。

 評論家の水牛健太郎氏は、「今の日本では怒りや嫉妬の感情を起こすばかりで、決していい結果にはならない」とお考えで、「ベーシックインカムは、今の日本にとって『良すぎる』制度だ」と結論された。