拙著、『知性を磨く』(光文社新書)では、21世紀には、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という7つのレベルの知性を垂直統合した人材が、「21世紀の変革リーダー」として活躍することを述べた。第44回の講義では、「技術」に焦点を当て、拙著、『ダボス会議に見る世界のトップリーダーの話術』(東洋経済新報社)において述べたテーマを取り上げよう。
「思想的リーダー」を演じた温家宝・中国首相
いま、マスメディアでは、我が国のエリート官僚が、何かを隠しているのか否か、ある言葉を言ったのか否かが、連日のように賑やかに報道されている。そして、その問題についての、大臣や政治家の発言も、毎日、報道されている。
もとより、何かを隠しているのか否か、ある言葉を言ったのか否かは、極めて重要なことであるが、その真偽以前に、大きな問題を感じるのは、これらのエリート官僚や政治家の言葉が、極めて軽いことである。
なぜ、我が国の国家リーダーや政治リーダーの言葉が、これほど軽くなってしまったのか。
そのことを考えるために、少し話は広がるが、10年余り前に聴いた、中国首相、温家宝のスピーチを紹介しよう。
いまは、すでに中国の政治リーダーの地位は退いたが、かつて中国首相を務めた温家宝。初めて彼のスピーチを間近で聴いたのは、2007年の「サマー・ダボス会議」であった。
この「サマー・ダボス会議」とは、毎年1月にスイスのダボスで開催されるダボス会議ではない。毎年9月に中国の大連と天津で交互に行われる「ニュー・チャンピオン年次総会」のこと。夏期に行われることから、通称、「サマー・ダボス会議」と呼ばれている。
筆者が温家宝のスピーチを初めて聴いたのは、このサマー・ダボス会議の設立初年度のことである。オープニングを飾るプレナリー・セッションで、温家宝は、基調講演に登壇した。
その瞬間、会場の最前列に座っていた共産党幹部を始め中国からの参加者が全員起立し、拍手で温家宝を迎えた。当然、海外からの他の参加者も起立し、拍手で迎えることになる。
こうした最敬礼に近い形で聴衆から迎えられ登壇するということは、このサマー・ダボス会議を主催する国の国家リーダーであるからだが、やはり、こうした登壇の仕方は、その後のスピーチに大きな「追い風」となる。
なぜなら、こうした最敬礼の雰囲気が演出されることによって、聴衆から話者に対する敬意が引き出され、そこに自然に威厳が生まれるからだ。
もとより、こうした形で国家リーダーが登壇するとき、聴衆からの敬意と話者の威厳を演出するのは、共産主義国家においては日常的に行われていたことなのだが、そうした手法の好悪は別として、スピーチの戦略としては、強力な「追い風」を生み出す一つの方法である。
この光景と全く同じものを見たのが、毎年11月にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイやアブダビで開催されたGAC(Global Agenda Council)の会議であった。これは、80余りの専門分野から1500名余りの有識者が世界中から招かれ、翌年のダボス会議のアジェンダを議論する会議であり、筆者も、このGACのメンバーとして、毎年、招待されたのだが、この会議もまた、毎年、UAE政府が主催しているため、冒頭のオープニングには、国家リーダーであるUAE副大統領兼首相が登壇してスピーチをする。
このときも、副大統領の登壇に際しては、アラブの民族衣装を着たUAE政府の幹部が最前列で起立するや、参加者も全員、起立、拍手、最敬礼で迎える。