貨幣経済やマスメディアなど従来システムへの不信
アスタさんは、家計をやりくりするために、個人でできる限りの工夫を凝らしている。
まず衣服。金融危機から3年経った今でも子供たちの服はすべて古着だ。たくさんチャンネルのあるケーブルテレビを解約し、新聞も止めた。
ささやかなことだが、散髪だって子供5人となれば、とても美容室には連れて行けない。代わりに、美容師に家に来てもらい、家族全員を一度に済ませている。そうすれば、同じく金に困っている人に正当な支払いをしつつも、税金25.5%分を浮かせることができるからだ。
そして最近、ずっと吸っていた煙草もやめた。「今まで止められたことなんてなかったのに、我らが大蔵大臣様に税金を払ってやるものかと思ったら不思議と止められたわ」と禁煙ガムを取り出し、ニッと笑う。
また、個別の努力を越えた、助け合いの文化も広がっている。
アスタさんの知り合いの漁師は、彼女の窮状を知り、余った魚を持って来てくれるようになった。おじいちゃんの時代にあった「お裾分け」の文化が戻って来たと感じた。彼女の自宅には冷蔵庫と別に専用の冷凍庫があり、その中は冷凍の魚でいっぱいだ。
これが、助け合いを越えた価値観の変化であることを、アスタさんは指摘する。日々の必需品をお互い提供し合うのに、貨幣というシステムを介さず、 顔が見えて信頼できる人的ネットワークのなかで賄い合う。お金のやり取りは、その仕組みで補うことができない物にだけ適応する。信用できない大蔵大臣様に はビタ一文払わない。
彼女の言動は、レイチェル・ボッツマンらの『シェア』などの書籍が指摘する、新しいビジネスや経済の仕組みのイメージと重なる。今、世界でも、所有を前提とした生活を止めよう、ソーシャルメディアを使って互いのリソースを共有・利用していこう、という機運があるが、アイスランドでも、金融バブルがはじけたことで、貨幣経済への依存を下げる動きが起こっている。