アメリカではどんなに才能に恵まれた選手でも通常はマイナーリーグからスタートする。高卒の場合は少なくても3年はマイナーで実力をつけて(1A→2A→3Aと)、メジャー昇格を果たすといわれる。高校3年時点でメジャーから注目され入団交渉をしていた大谷だから、ルーキーリーグからのスタートはないだろうが、2Aあたりから競争を始めることになったはずだ。

 大谷の才能をもってすれば、ここでも投打で活躍しただろう。だが、今の活躍が驚きをもって受け止められているように、アメリカでも二刀流は非現実的な挑戦。大学では二刀流で活躍する選手はいるが、プロで生き残るにはどちらか一方に絞る選択を迫られる。

 また、高卒からマイナーリーグに行った場合、最初は適応するのに苦労しただろう。今季もオープン戦では散々な成績だった。投手としては防御率27.00、打者としても打率1割2分5厘。現在の大谷の場合、日本での二刀流の実績があったし期待値も高かったから、この成績でも大目に見てもらいメジャーデビューを果たせたが、これが高卒直後のマイナーリーグだったら、プロ失格の烙印を押され、才能を生かすために投か打のどちらかに専念しろと言われたにちがいない。となれば、160キロ超のストレートがある投手が有力。もし、高卒ですぐにアメリカに行ったとしたら、6年後の現在、20勝する投手になっているかもしれないが、二刀流・大谷は生まれていなかった可能性が高い。

大谷の二刀流は栗山監督の
存在抜きでは語れない

 それと、日本の他の球団に行った場合も二刀流はできなかったのではないか。日本でもプロに入るような選手はアマチュア時代、投打ともにセンスを発揮するケースが多い。だが、結局は投手か野手どちらかに専念することになる。常識にとらわれがちな指導者はとくにそうで、少しはやらせるかもしれないが、結局は投手への転向を勧めるだろう。

 しかし、栗山監督は違った。「二刀流に挑戦したい」という大谷の希望を誠実に受け止め、どうしたら両立できるか、負担をかけない方法を考え抜いて起用。結果的に5年間で投手として42勝15敗、防御率2. 52、打者として打率2割8分6厘、本塁打48本という堂々たる成績を残して、晴れてメジャーでの二刀流に挑戦させることにつなげたのだ。

 栗山監督はコーチの経験がなく、51歳だった2012年にいきなり日本ハムの監督になった。そのため指導力に対する疑問の声があがったが、就任1年目にパ・リーグ優勝。2年目は最下位に落ちたが、その後は3位、2位と来て、2016年には2度目のリーグ優勝だけでなく日本一にもなった(昨年は5位)。監督としての実績は十分といえる。

 しかし、やはり光るのは選手の育成力だろう。清宮へのチャンスの与え方も絶妙だった。才能があるのは疑いの余地はないが、オープン戦では体調を崩し、打撃にも影響が出た。だから注目の新人とはいえ、2軍でプロに慣れさせ、本塁打が出始めて自信を持ってバットが振れるようになった時を見計らって1軍にあげた。それも6番DHという重要な位置で。しかも相手は東北楽天のエース岸孝之。新人にとってはプレッシャーがかかる厳しい状況だ。が、清宮はその起用に応え、プロ初打席で2塁打を打った。栗山監督は清宮ならできると信じていたにちがいない。

 こうした起用ができる栗山監督の考え方がよくわかるコメントがある。