「ノーベル賞に最も近い日本人」が
日本に戻ってきた

「日本はせっかく基礎研究では素晴らしい実績があるのに、省庁間の縦割り行政の壁があるため、その成果を新薬や治療の開発に結びつけることができません。この閉塞感に加えて、研究者たちも研究費をもらうのに四苦八苦して論文を書くことがゴールとなってしまっていることも問題。研究を患者へ還元させようというカルチャーがない。私はシカゴ大で若い研究者たちの面接をしましたが、日本国内の研究者と比べものにならないほど、問題意識や行動力を持っていました」

 日本のがん医療をこうバッサリと切り捨てたのは、ゲノム(全遺伝情報)を解析し、がんの治療に生かす「がんゲノム医療」の世界的権威であり、その実績から「ノーベル賞に最も近い日本人」と評されてきた中村祐輔氏(65)だ。

 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、国立がんセンター研究所所長、理化学研究所医科学研究センター長などを歴任し、2012年に米シカゴ大医学部に研究拠点を移した時は「頭脳流出」と騒がれ、英国の科学雑誌「ネイチャー」などは「Genmics ace quits japan」(ゲノム研究のエース、日本に見切りをつける)と報じたほどだった。

 そんな「世界のナカムラ」が6年ぶりに日本に戻ってきた。7月1日付で、東京・有明にある公益財団法人がん研究会「がんプレシジョン医療研究センター」の所長に就任したのである。そこで狙うは、先ほどのリキッドバイオプシーとネオアンチゲン療法の実用化だ。

「私がやらなくてはいけないことなのかというのは悩みました。若い研究者が出てきてやってくれればいいのですが、残念ながらいつまで待っても、日本の医療には変わる気配がない。また、リキッドバイオプシーは技術的な課題を抱えており、ゲノムをわかっていない人間がやるのは問題も多い。たまに一流科学雑誌などでも、我々から見て、おかしなデータが掲載されています。ゲノムをちゃんと理解した人間が解析しなくては、まるで占いのような話になってしまう」(中村氏)