見切りをつけたはずの日本に
戻ってきた理由は「がん患者の叫び」

 そのため、今年2月には、自身が設立に関わった創薬ベンチャー、オンコセラピー・サイエンスの子会社、「キャンサー・プレシジョン・メディシン」のラボを川崎市にオープン。ここでは中村氏の愛弟子たちが、リキッドバイオプシーやネオアンチゲン療法に不可欠な、がん遺伝子の大規模解析などをおこなっている。

 いくら待っても変わらないのならば、自らが変えていくしかない。そう決断した中村氏の背中を押したのは、日本の有名がん拠点病院から「残念ながらもう治療法はありません」と宣告された「がん難民」たちの悲痛な叫びだ。

「シカゴにいる間もメールなどで、多くのがん患者やその家族の方からの相談を受けましたが、気の毒になるほど救いがない。原因は国の拠点病院。標準治療のガイドラインに固執するあまり、“がん難民”をつくり出している自覚がありません。こういう人たちが医療界のど真ん中にいることが、日本のがん患者にとって最大の不幸です」(中村氏)

 確かに、日本のがん医療では、外科治療(手術)、放射線治療、化学療法(抗がん剤治療)の3つが「標準治療」と定められている。そのため、これらの治療が効かない患者が免疫療法などを希望すると、主治医から「そういう怪しい治療をお望みなら、もううちの病院には来ないでください」と三行半をつきつけられる。そんなバカなと思うかもしれないが、そういう「がん難民」に、筆者は何人もお会いした。

 このような中村氏の主張を聞くと、「そういう問題はあるが、日本の医師だって、がん患者のためになることだと信じて一生懸命頑張っているんだ。いくら実績のある研究者だからって、それを全否定するのはいかがなものか」と感じる人もいらっしゃるかもしれない。

 だが、中村氏のこれまでの歩みをふりかえれば、なぜ彼が「日本の医師」たちにこのような厳しい苦言を繰り返すのかが分かっていただけるのではないだろうか。