果たして議員の定数を増やすべきか、減らすべきか。定数増の根拠として錦の御旗のように掲げられる「一票の格差」は本質的な議論なのか。奇麗ごとで飾られた議論の陰に隠された自民党の真の思惑とは何か。なにより、野党がこぞって反対してもあっという間に与党に有利な法案を押し切られてしまう今の議会には、本質的な問題があるのではないか。

 参議院の存在意義の希薄さや複雑すぎる選挙制度を概観しつつ、参議院の定数増を批判的に検証したい。

問われる参議院の存在意義
安倍政権にとっては参院選が要

 本稿では、まず、そもそも参議院の存在意義について論じた上で、参議院の選挙制度の複雑すぎる実態と弊害を説明するところから議論を始めたい。

 そもそも、組織論の観点から議会というのは「一院制」でないと非効率極まりない。取締役会が2つある会社などないし、一度議論したことをもう一度議論したって無駄でしかない。

 確かに、インターネット、新聞、テレビといった情報技術・媒体がなかった時代なら、議会が1つしかないと、そこで何が議論され、決められているのかを国民は知るすべがなく不安だった。だから、議論の漏れを防ぐためにも、議会を2つ置くことに一定の意味があったかもしれない。

 しかし今の時代、情報は一瞬で世界へ伝達されるし、北海道や沖縄の議員も地元から国会へ日帰りで来ることができる。ほとんどの議論は衆議院のみで尽くされてしまう。

 世界の議会を眺めても、一院制に移行するのが主流である。二院制の生みの親であるアメリカが二院制をとった背景には「Great Compromise」(偉大なる妥協)という明確な理由がある。

 アメリカ合衆国草創期、当初想定されていたのは一院制だったが、各州が1つの連邦国家にまとまる際、人口の少ない州が人口に応じて議員を選出する制度に反対した。共通の強大な敵であるイギリスに対抗するために1つにまとまらなくてはならないという総意の下、生み出された「妥協案」こそが二院制だった。

 このように、存在意義さえ定かでない参議院だが、政権側からすれば今回の参院選は極めて大切な戦いである。なぜなら、それによって「憲法改正の発議」ができるかどうかが決まるからだ。どんな手段を使ってでも、一人でも多くの議席を獲得したいという、ある意味覚悟は感じる。