【問題点4】
大企業は外注と異動で社員は成長しない

 以前にこの連載でも「残業減らしで外注急増、大企業社員の劣化が止まらない」という記事で指摘したことがあるのだが、大企業では、昨今、働き方改革の運用として、業務の外注化が進んでいる。

 なんでもかんでもアウトソース。結果の責任もアウトソース先に押し付ける始末である。このため、社員自身がまったく手を動かすことをせず、なんの能力もノウハウも身につかないまま、勤務年数だけを積み重ねるということが起こっている。

 このような外注頼みによる「空洞化」もまた、大企業をむしばむ病理といっていいだろう。
 
 一定の年齢になったとき、自信をもって実施できることが何もないことに気づくのである。パワポでポンチ絵を書くことが仕事だと思ってしまった悲劇である。

【問題点5】
会社での出世が人間の価値を決めるという刷り込み

 大企業の社員の多くは、いまだに職能や実績や知性や人間としての徳よりも、社内で偉いかどうかが人間の価値尺度だと信じている、と言うと、まさかと思うかもしれない。もちろんそうではない社員がたくさんいることは重々承知している。

 先日、知人の結婚式で、有名企業に勤めている新郎側の会社の上司のひとりが挨拶をし、そのまた上司が乾杯の音頭をとった。その挨拶の中で、上司は臆面もなくこう言ったのである。

「新郎のA君は将来有望な社員です。必ず出世します。なぜなら、これまで何人かの結婚式に招かれ、X取締役(この話者の上司である)が乾杯の音頭をとり、私が挨拶をしてきましたが、そのときの新郎たちはみんな出世しているからです。今日ここでまた、私たちのコンビが乾杯の音頭を取り、挨拶をしたということは、A君は必ず出世すると約束されているようなものです。ガハハ(満場の拍手)」

 笑いたければ笑えばいい。これは2018年の日本の光景なのである。

 他人事として聞けば、グロテスクなカリカチュアとして、一笑に付すこともできるだろう。けれどもあなたが新郎や新婦の親や兄弟姉妹、当事者だったとして、本当に心の底から、企業での出世が人間の価値に「一切」、「全く」、「毫ほども」関係ないと言い切ることができるだろうか。

 わが子の結婚式に部長として出席したいがために、退職の日付を延長してもらったり、短期間だけ取締役にしてから取引先に出向させる制度を持つ会社の話も一度や二度といわず聞いたことがある。ある世代以上の人間にとっては、有価証券報告書に名前が掲載される取締役になれるかどうかが、人生の成功と不成功を決める最大の評価軸だったりする。