そこで、当時盛り上がっていたミクシィで「自主映画のスタッフ募集」というのを見つけ、「スタジオメイズ」という団体に入りました。

 それまではハンディカムでしか撮ったことなかったのですが、ガンマイクを構えたり、DVXという大きめのカメラを使って、本格的な映画制作を3ヵ月くらい学びました。それで「よしわかった。じゃあ俺、独立します!」と言って独立しました。......だから、まだぜんぜん生意気なんです。

上田慎一郎監督
Photo:HuffPost Japan

無数の成功体験と無数の大失敗でバランスがとれた

 ぼくは、中学高校時代から「成功体験」がすごく多かったんです。

 中学の国語の授業で、班ごとに劇をやるという授業があって、みんなは『桃太郎』とかすでにある物語をベースにしていたんですけど...ぼくは「オリジナルでやりたい」と言って、自分で脚本を書いてやったんです。それが人生で初めてちゃんと書いた脚本なんですが、これが国語の先生にすごく認められて、全校生徒の前で演劇をやりました。

 高校生のときは、文化祭で映画を作って上映していました。それで3年連続で最優秀賞をとったんです。その後演劇部にスカウトされて、毎年地区予選落ちだった演劇部が、ぼくが作・演出をしたことで、近畿地区2位までいったんです。

 そのあと、20から25歳のとき、調子に乗って大失敗してしまうことになるんですが...調子に乗るだけの成功体験が多かった。「自分なんて」という考えはまったくないくらい生意気だった。とにかく突き進む。「俺は天才だ」と。

 その「天才だ!」と言っていた自分が、20から25歳でボコボコにされて、バランスが取れたんだと思います。田舎の町では注目を浴びていたかもしれないけど、東京では「お前なんて」とボコボコにされて、謙虚さというものが加わりバランスが取れて、いまがある気がします。