これらはプロを含めた野球の試合でも起こりえることだが、甲子園にはスタンドが作る特別な時間がある。

 それは、リードを許したチームの後押しだ。

 高校の応援団が陣取るアルプススタンドから奏でられるブラスバンドのサウンドと声援が一段階アップする。それに呼応するかのように、スタンド全体が手拍子や拍手で盛り上げ、試合終盤にチャンスを作る。

 甲子園とは、そのボルテージを肌で感じ取れる場所である。準々決勝の金足農業と近江の一戦でのそれは、実に印象深い現象だった。

 1点ビハインドの金足農業が無死からランナーを出すと、甲子園が揺れ始めた。歓声と拍手が、1球ごとに力強くなる。そして、無死満塁のチャンスを作ると、スタンドが完全に金足農の味方となった。フィナーレの舞台を築き上げてくれたスタンドに応えるように、サヨナラ2ランスクイズという劇的な幕切れを演じた金足農業は、34年ぶりのベスト4、そして秋田県勢103年ぶりの決勝進出を決めたのである。

 勝利を目前に敗北した近江のある選手は、甲子園を包む異様な空気をこう述べていた。

「球場の歓声がとにかくすごくて。金足農を応援しているっていうのがすごく伝わりました。僕らのなかでは、サヨナラのプレーはアウトかと思いましたけど、あの雰囲気がセーフにさせたのかな、と」

 100回の歴史のなかで、甲子園では「奇跡」と呼ばれる試合が数多く語り継がれている。1998年に松坂大輔を擁して春夏連覇を成し遂げた横浜高校や、斎藤佑樹が時代の寵児となった2006年の早稲田実業のように、スタンドを味方につけたチームは少なくない。

 野球には、野球の試合が行われるスタジアムには、それを具現化するだけの魔力がある。

 スポーツとは珠玉の物語の原石である。

「筋書きのないドラマ」とはよく言ったもので、チームや選手の活躍はもちろん、いつ何が起こるか? その瞬間の目撃者となりたいからこそ、人々はスタジアムに足を運ぶ。