海外メディアも指摘してきた
日本の「報道」の特殊性

 バカなことを言うなというお叱りが、マスコミ関係者から凄まじい勢いで飛んできそうだが、日本の「報道」の特殊性については、はるか昔から海外メディアが指摘していた。

 分かりやすいのが、1960年代の安保闘争だ。国会前が大騒ぎなった時、米「タイム」誌が、『Free Press Gone Wrong』(1960年6月27日号)というタイトルで、「日本の新聞は暴徒を煽った」として朝日、毎日、読売をこき下ろした。「反政府的であることが新聞の義務」という有力紙編集者のコメントとともに、こんな皮肉をぶちまけている。

「第二次大戦の終わりに、占領軍司令官ダグラス・マッカーサーによって押しつけられた憲法のもとで日本国民は新聞の自由が保障されることになった。しかしまもなく日本の新聞は、自由とは一切の権威に反対しなければならぬことにいつの間にかすりかえてしまった」(読売新聞1960年8月24日)

 つまり、「反安倍無罪」ではなく、正確には「反政府無罪」なのだ。断っておくが、批判しているわけではない。これが「報道」を探求する方たちが信じる道であって、そこに従うことこそが、彼らのスタイル、つまり「作法」だという事実を指摘させていただいているだけだ。

 このような話を聞くと、デタラメを言うなと怒りに震える方もたくさんいるだろう。

 日本のマスコミは戦争中は偏りまくりだったが、GHQとマッカーサーがもたらしてくれた民主主義によって、「中立公正」に目覚めたはずだ。「反政府」なんてのは言いがかりだ――。

 そんな絶叫が聞こえそうだが、残念ながらその認識自体が誤っている。終戦から5年後、GHQの新聞課長、D・C・インボデン少佐がある大学で講演を行った。そこで「報道」の精神を、これ以上ないほど分かりやすく説いている。

「今は臆病で卑怯な人間が偉大な新聞の編集者の地位を占めるべきときではない。今は臆病で卑怯な人間が『中立』『不偏』『孤立』をしゃべり散らす場合ではない。新聞編集者は毅然として正義の原則上に立つか、あるいは正義の原則に背を向けるか決すべき時期が来たのである」(読売新聞1950年8月8日)