a『大英帝国の歴史』(上・下)
ニーアル・ファーガソン著
(中央公論新社/各2900円)

 私たちはごく一般的に、歴史上の「帝国」は人類に負の影響しかもたらさなかったというイメージを持っているが、「大英帝国」は他の帝国とは異なり、実は世界に素晴らしい遺産をもたらした──。今回、紹介する本は、このようにやや逆説的なテーマを扱った歴史書だ。

 著者のファーガソンは、英オックスフォード大学で博士号を取得した後に“歴史知識人”という立ち位置でメディアなどを中心に活躍しているスコットランド出身の英国人で、英語圏のメディアでは大胆な歴史解釈をする学者としてけっこう有名な人物である。

 本書から学べることは三つだ。

 まず、英国人がいかに歴史好きなのかが分かる点である。この本は、そもそもテレビのドキュメンタリー番組をまとめる形で書かれた。日本と違って、英国では夜のゴールデンタイムに歴史関連の番組を放映することが珍しくない。

 私も、英国留学中にこの種の番組を何度も見たが、歴史がエンターテインメントとして楽しまれている社会的な風潮が、本書からも伝わってくるのは好感が持てる。

 第二は、英国人の歴史についての肯定的な見方や書き方がよく分かる点だ。確かに、一般的に帝国は、歴史の「負の遺産」だが、あえて大英帝国に対しては「歴史修正主義的」とも言える書きっぷりで、肯定的な評価を与える。

 日本に対する評価が辛辣なことも含めて、その保守的な描き方や、序章で展開される従来の英国での歴史観に反発する個人的な体験の様子などは、同じく歴史に負の遺産を抱えている日本人から見ても参考になるものばかりだ。

 第三は、歴史における経済的な面からの分析が新鮮な点である。個人的には「マクシムの威力」と題された第五章(下巻)における兵器産業と英国の支配層との関係など、歴史の原動力としての経済界の動きに興味をそそられた。これは、著者自身の経済史家としての本領が十分に発揮された部分であると言えるだろう。

 本書に批判すべき点があるとすれば、当然ながら独善的とも言える英国史の評価だ。また、本格的な「歴史書」ではなく、どちらかと言えば「歴史エンターテインメント書」とも位置付けられる点は、本格的な学者からはバッシングを受けるかもしれない。

 ただし、「訳者あとがき」の中で述べられているように、英国人の歴史観の「本音」の一面を披露していると思われる点や、上下巻の大著ではあるが訳文がスムーズで読みやすい点は有益だ。純粋な歴史の読み物としても翻訳・出版された意義は大きい。

(選・評/IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員 奥山真司)