チームの文化を変えた
ペトロヴィッチ監督の招聘

 強化費の使い方については、クラブによって考え方がある。有名選手を獲得するクラブもあれば、指導者や環境整備に資金を使うクラブもある。野々村社長の考え方は、監督の招聘だった。

「1億円の選手を取るよりは、1億円の監督を取ったほうがいいと思っているんですよ。だからミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の愛称)さんに来てもらいました」

 野々村社長には、ペトロヴィッチ監督がサンフレッチェ広島や浦和レッズで行ったチーム作りを見てきた中で、「彼に任せれば成功するという確信があった」という。

「サッカー解説者をやっていたとき、ミシャさんが監督を務めた広島と浦和の変化を目の当たりにし、この人に託せばコンサドーレが持っていない哲学を植え付けてくれ、それが必ずいいように表現できると思ってたんです」とした上で、こう続けた。

「昨年、札幌が浦和に勝った翌日、ミシャさんが解任された。これを逃す手はないと思って。ミシャさんでなければ、また別の選択をしたかもしれませんが、これは運と流れもありましたね。ミシャさんを獲得するという投資ができるだけの売り上げがついてきていたこともあります」

 野々村社長がペトロヴィッチ監督を選んだ理由は、そのサッカースタイルにある。攻撃的なサッカーで人々を魅了し、それをクラブの“色”にしたいと考えているのだ。若手選手が活動するアカデミー(下部組織)にまで、ペトロヴィッチ監督のサッカー哲学を浸透させ、攻撃的な選手を輩出させたい。そうすることで日本国内のみならず、アジアや世界を魅了する選手に育てたい。そうした野望が、野々村社長にはある。見ている視線の先が世界なのだ。

「もう少し攻撃型のチームにしていこうよと。そうでないと、世界では勝負できないと思っています。子どものころ、みんなそうなりたいと思ってたはずなんです。だから北海道の子どもたちが、メッシだなんだよりも、コンサドーレのあの選手みたいになりたいと言えるような攻撃の選手を見せてあげることで、北海道のサッカーが変わるかなと思っています」