日本史のおもしろさは、ずばり「人」にあります。
何か「すごい」ことを成しとげた人は、歴史に名前が残ります。でも「すごい」だけの人なんて、この世にひとりもいません。むしろ、ものすごい失敗をしたり、へんな行動をしたりして、まわりから「やばい」と思われているような人が、誰にもできない偉業をやってのけていることもあります。 だって、人生は長いのです。いい日も悪い日もあるし、年とともに変化だってあります。 いろんなことを考え、行動し、ときに失敗し、そこから学び、たまに成功する。カッコいい一面もあれば、ダサい弱点もある。
だからこそ、人はおもしろいのです!
「すごい」と「やばい」の二面から、日本史の人物の魅力に迫る『東大教授がおしえる やばい日本史』から、今回特別に内容を一部お届けします。

すごい葛飾北斎 世界の画家も憧れる天才絵師

 葛飾北斎は、日本だけでなく世界でも人気のある浮世絵師です。

 最初は浮世絵師の先生に弟子入りした北斎ですが、あまりの才能にほかの弟子から嫉妬され、追い出されてしまいます。

 フリーの絵師になった北斎は、美人画、妖怪絵、小説の挿絵など、いろんなジャンルの絵を描きました。すると「なんてかっこいい絵なんだ!」と江戸で大人気となり、弟子希望者が殺到。そこで弟子用に『北斎漫画』というスケッチ集を出版したところ、一般人にもウケてベストセラーになりました。

 北斎の作品のなかで、もっとも有名なのは『富嶽三十六景』です。いろんな場所と角度から、ダイナミックに富士山を描いたこのシリーズは、海外でジャポニスム(19世紀にヨーロッパで流行した日本趣味のこと)ブームを巻き起こし、オランダの画家ゴッホやフランスの画家モネにもまねされました。

 ところが江戸時代後期、幕府によってぜいたくが禁じられ、自由に浮世絵が描けなくなります。しかし、すでに80代だった北斎の情熱は止むことなく、娘とともに長野の田舎に行って大作を描きあげました。

 90才まで描きつづけた北斎は、亡くなる直前「あと5年長く生きられたら、絶対おれは本物の絵師になれるのに……」と、悔しがったんだとか。

 天才・北斎は、死ぬまで理想の絵を追いかけていたのですね。