親さえも容認
「体罰は指導」の空気
未成年のスポーツには親の送迎やサポートも重要となってくる。体操界の体罰問題がいい例だが、コーチから選手への体罰を、親さえ容認していることがある。
「大学まで柔道をやってました。高校時代の柔道部では、コーチからビンタされたり、蹴り飛ばされたりすることがよくありました。うちの親は練習には来なかったのですが、よく練習を見に来る他の生徒の親が『もっとしごいてやってください』『先生の指導でこの子はよくなった』みたいなことを言ってました。当時はあれが普通だと思ってたんですが、今はよく耐えたなと思います」(30代男性)
「たまに報道で話題になってますが、親からコーチへの“付け届け文化”みたいなのはありました。他の親がみんなやっているからやらないわけにはいかなくて、定期的に商品券とかを渡す……みたいなの。怒鳴ったり殴ったりとかも親たちは見てたけど止めないし、『指導に体罰があって当たり前』『体罰がダメなんて偽善的な考え方』って空気。OGとかも『殴られる意味がわかるときがくる』とか言ってたし、今思うと本当にやばいですよね……」(20代女性)
体罰が子どもを良い方向に導くというエビデンスはない。むしろ、体罰は子どもの脳に深刻な影響を与えるという研究結果がある。体罰で子どもが「良く変わった」ように見える場合、それは萎縮したり、自分の気持ちを押し殺したりしているだけだろう。それでもなお、「場合によっては体罰が必要」「生意気な子どももいるから体で覚えさせることが必要」と、信じている人たちがいる。虐待で子どもを殺す親を擁護する大人はいないのに、殺さない程度の体罰には寛容な大人が一定数いるのはなぜなのだろう。「指導」を、ごく短期的な視点で捉えているように思う。
会社でも学校でもそうだが、組織の中で行われる不祥事は隠されやすく、正当化されやすい。部活やクラブチームでの体罰やパワハラはその典型だろう。その組織の中での「当たり前」や「常識」は、本当に従わなければいけないものなのか。定期的な確認が必要だ。下の者が不満を抱いたとしても容易には変えられない構造だからこそ、風通しのよい組織にしなくてはならないのだろう。「昔は今よりもひどかった」ではなく、「今だってひどい環境もある」ことを忘れないようにしたい。



