超金融緩和がもたらすカネ余りを背景に、巨額の投資マネーが怪しげな企業に流れ込む。フェイクで強欲な奴らがバブル再来を謳歌する一方、貧困層は増大し、経済格差は広がるばかり。そのうえ忖度独裁国家と化したこの国では、大企業や権力者の不正にも捜査のメスが入らない──。
そんな日本のゆがんだ現状に鉄槌を下す、痛快経済エンターテインメント小説が誕生! その名も『特捜投資家』。特別にその本文の一部を公開します!

第5章 ワルの錬金術(3)

前回まで]フリージャーナリストの有馬浩介は、謎の投資家・城隆一郎の依頼でベンチャー企業「ミラクルモーターズ」の調査を開始した。壮大な経営ビジョン語る同社トップ黒崎宏に魅了され有馬は高評価のレポートを提出。しかし城はそのレポートを破り捨て黒崎を詐欺師であるとし、さらに彼の背後には黒幕が存在することを匂わせる──。

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 辣腕のプロ経営者、和製イーロン・マスク、革命家。すべての先入観を取っ払い、改めて取材を進めると、黒崎宏の意外な貌が浮かび上がった。

 まず、経営者としての華々しいデビュー戦、弱冠27歳で手掛けたスーパーマーケットの経営再建。その実態はお粗末のひと言である。

 財閥系総合商社の威光を背に、威張りちらした傲慢な若造は、父親のような役員たちと揉めに揉め、プロパー社員の強烈な反発も買い、社内を未曾有の大混乱に陥れた。結局、総合商社副社長がじきじきに間に入り、頭を下げて手打ちに。スーパーの役員と社員はひとが変わったように発奮、みごと再建に成功している。

 つまり、黒崎の経営手腕はまったく関係なく、親会社から乗り込んできた若造の傲慢で尊大な態度がスーパーの社員たちをいたく刺激。結果的にカンフル剤の役割を果たした上、総合商社ナンバー2じきじきの手打ちを意気にも感じ、以後のV字回復につながった、と。災い転じて福となす。人間万事塞翁が馬。怪我の功名。雨降って地固まる──。

 財閥系商社に居づらくなった黒崎は、有名アパレルメーカー創業者の誘いを渡りに船とばかりに快諾し、ここからプロ経営者の道をひた走る。といっても実態は小さな成果を10倍にも20倍にも見せる巧みな弁舌と、抜群のジジイ転がし術で社内の地位を不動のものとし、その一方でマスコミに広告料という名のカネをばらまき、批判はすべてシャットアウト。

 懇意の雑誌、テレビのインタビューに頻繁に登場し、元ラガーマンの押し出しの良さと輝くばかりのゴールデンスマイル、日本人離れした派手なオーバーアクション、爽やかな語り口で根拠のないホラ話を吹きまくり、己を大きく見せることに長けた、筋金入りのお調子者だった。

 当時を知る広告代理店関係者によれば、有名ジャーナリストや文化人には講演と社内報の原稿を依頼し、破格のギャラで懐柔したという。つまり買収である。うるさ型の難物と見るやアゴ足つきの海外ゴルフ旅行に招待し、女を抱かせることも珍しくなかったとか。

 プロ経営者、黒崎宏の実績をシビアに分析すると、広告塔としての影響力以外、特筆すべきものはない。もっぱらコストカットとリストラで利益を上げ、さまざまな批判はカネで封じるという、なんとも姑息な手法で虚名を肥大化させてきたペテン師である。

 城の言葉どおり、病的なギャンブル好きでしかも博才ゼロ。ラスベガスやマカオ、シンガポールのカジノに遠征しては派手に轟沈。一発大逆転を狙ってマレーシアのリゾート開発に投資するも、ディベロッパーが倒産。全資産を熔かしていた。

 虚飾にまみれた文無しプロ経営者の集大成が『山田製作所』の買収と、『ミラクルモーターズ』の立ち上げである。

 もっとも、慧眼のマスコミ関係者もいるもので、ある経済誌記者は世のド肝を抜いたデモカーのテスト走行後、インタビューで実に鋭い質問を発している。

「それほど画期的な電池なら特許権を申請すべきではないのか」

 まっとうな疑問だと思う。ところが黒崎は立て板に水で切り返す。こんな風に。

「ばかを言ってもらっては困る。きみは米国コカ・コーラ社の伝説的な戦略を知らないのか? 特許を申請するとなれば、必然的にコアの技術を公開しなければならない。コカ・コーラはあえて特許を取らない戦略で100年以上、その秘伝の製法を守り通してきたんだ」

 ならば、と記者はさらに問う。

「黒崎さんは画期的EVの利益を独り占めにしたい、というわけですか」

 黒崎はあわてない。わたしを見損なうなっ、と一喝し、理路整然と説明する。

「いまの時点で特許を取ってしまえば、劣悪な模倣電池が世に出回る可能性があります。急造されたEVが走行中に発火し、暴走するようなことがあれば人命にかかわる。EV全体のイメージダウンも招きかねない。もっとも、わが社でリチウム・オキシジェン電池の量産体制が整えば、すべての技術をオープンにするつもりです。せっかくの画期的新電池も、わが社のみで囲ってしまっては宝の持ち腐れですから。排ガスをまき散らすガソリンカーを地球から一掃し、クリーンなEV時代の到来を1日でも早く実現するためなら、わたしはどのような協力も惜しみませんよ。それが混沌としたいまの世を生きる経営者の責務です」

 黒崎の正体が判明したいまだからわかる。これは詭弁以外のなにものでもない。一連の偉そうな発言は裏を返せば特許を申請するだけの画期的技術がない、ということだ。

 有馬は確信した。巨大な黒幕の存在なしに『ミラクルモーターズ』はあり得ない。買収資金はもちろん、ワールドワイドな経営戦略も、〈孤独な天才〉江田慎之介のスカウトとコントロールも、そして1000億円を超える投資マネーの呼び込みも、お調子者の詐欺師には無理だ。裏で糸を引く人物、それも巨万の富を持つ超大物がいる。

 が、わからない。いくら取材しても黒幕はその影さえ見せない。期限の3日目。つまり今日の夕刻。万策尽き、頼った先が社会部記者時代のネタ元、ヒモで遊び人の矢島だ。

 ところがこれが意外なことにビンゴ。電話を入れ、挨拶もそこそこに用件を告げると、「ああ、黒崎宏の黒幕ね。わかるかもよ」と拍子抜けするくらいあっさり返してきた。驚き、意気込む元ブンヤを見透かすように、闇社会のネタ元は「久しぶりに酒でも飲もうや」と余裕綽々。

 結局、矢島行きつけのバー『ローズ』で合流。何ごともマイペースの遊び人はショットグラスを5杯干し、タバコを7本灰にして雑談に興じ、そういや黒崎の件だけどさ、と突然思い出したように本題に入る。

「あいつ、根っからの詐欺師じゃん。それも博打好きで金欠の」

「よく知ってるな」

「そりゃあ、その道のプロだもん」

 有馬は遊び人の情報網に改めて舌を巻き、次の言葉を待つ。

「追い詰められた詐欺師はなんでもやるからね。怖いものなしだ。以前、ちょいと──」

 己の耳たぶを指先ではじく。

「小耳にはさんだ話があってね。闇金一筋の古いダチから聞いたんだけどさ」

 矢島はひと呼吸おき、言う。

「とんでもない悪党とタッグを組んだらしいよ」

「だれだ?」

 あわてるな、とばかりに片手で制し、新しいタバコを唇にはさんで火をつける。

「有馬ちゃんに会う前に確認しといた」

 圧し殺した声が這う。

「タイガーだよ」

タイガー? 虎? 矢島は愉快げにほおをゆるめて語る。

「テリブルタイガー、恐怖の虎」

 プロレスラーか? ヒールの。昭和の時代に活躍した“狂虎”タイガー・ジェット・シンとか。遊び人はタバコを深く、ゆっくりと喫い、ほうっと煙の輪っかを吐く。

「たいがむさし、だよ」

 たいがむさし──ずん、と脳みそに重い一撃を食らったようなショックがあった。有馬はバーボンをひと口飲み、気持ちを落ち着かせて問う。

「あの大賀かい? カネ貸しの」

「ご名答」目を細め、タバコをくゆらす。

「あんたが高校生くらいのときだろ。野郎がブイブイいわせたの」

「読日の社会部で大賀武蔵の名を知らなきゃモグリだ」

 言いながら、身も心も燃えるように熱くなる。大賀武蔵。ノンバンクの若き帝王。とっくに表舞台から消え去ったと思っていたが──。突如、甦った亡霊に背筋がぞくりとした。

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