学校のイジメ、職場のパワハラやセクハラを思い起こしてみていただきたい。「良くないんじゃないか」「このまま容認できないよね」という風土や組織体質があれば、起こりにくくエスカレートしにくい。大学のアカハラ(アカデミック・ハラスメント)では、「教育」「指導」とハラスメントの明瞭な区分が困難な場合もある。

 しかし、「教育や指導の名のもとにハラスメントが行われる場合もある」「教育や指導の行き過ぎが、ハラスメントになってしまう場合もある」という事実は、もはや広く知られている。アカハラは、福祉事務所のケースワーカーが職権のもとに行う助言・指導・指示の結果としての過度のプレッシャーや、やや偏った社会正義に燃える近隣市民が行う「生活保護で暮らす人に対する“見守り“」と、多くの共通点を持っている。

「本音で語るハラスメント」の
司会をして気づいたこと

 2018年11月11日午後、私は東京・テレコムセンターで、「本音で語るハラスメント ~ 今のままでいいんですか?」というプログラムの司会をした。このプログラムは、「本音で語る研究問題」シリーズとして、科学技術振興機構(JST)が2006年から毎年開催しているイベント「サイエンスアゴラ」の中で有志が提供してきたもので、過去のテーマには、「生命操作」「動物実験」「研究費」「デュアルユース」「ポスドク問題」など、誰もが気になるけれども正面からは語りにくいキーワードが並ぶ。

 私は2009年ごろから開催の手伝いに参加し、2010年代は企画運営に参加した。2017年春、最主力メンバーが40代で急逝した後は、2017年および2018年の2回、企画責任者や司会も務めた。

 私は司会をしながら、「いつか当事者も行政も交えて、みんなの生活保護を、みんなが本音で率直に語り合える場がつくれれば」と考えていた。とはいえ、生活保護を本音で語るためには、乗り越えなければならない壁がたくさんある。