一方で、新自由主義的な政策は、都市部が金融業を中心に高い経済成長で豊かになる半面、地方は取り残されて格差が広がった。しかし、英国はEU域内でトップクラスの好調な経済財政状況が続いたために、改革派の政治家、官僚は地方を顧みることがなかった。国民投票で、衰退した地方の多くでEU離脱が多数を占めたことを目の当たりにして、初めて格差を放置したことの深刻さを思い知らされた。

 その後、紆余曲折があったが、今年の10月29日にフィリップ・ハモンド財務相が、秋期財政報告書(予算修正計画)を公表し、EUと離脱条件などで合意できれば、長らく掲げてきた財政緊縮策を終了させるという方針を示した。

「国民投票」で決めたからこそ
さまざまな問題が明らかになった

 また、EU離脱のさまざまな問題が明らかになったのも、「国民投票」で離脱を決めたからだと思う。仮に英国が「全体主義国家」「独裁国家」で、指導者の独断である日突然「EU離脱」が決定されたとする。おそらく今日に至るまで、EU離脱で生じる不都合な真実は隠されただろう。あるいは、離脱交渉が困難に陥るのを国民に見られてしまうかもしれないが、その時はEUを敵とみなして、「すべてはEUが悪い」と一方的に攻撃して国民を煽るポピュリズムが横行しただろう。民主主義のプロセスが、それを許さなかったのだ。

 EU離脱の問題は、国民投票直後から明らかになった。EU離脱派の極右政党「英国独立党(UKIP)」のナイジェル・ファラージ党首は、離脱決定直後に、自らの使命を果たしたという理由で、辞任した。しかし、辞任の本当の理由は、離脱が本当に決定したことで、これまで隠してきた不都合な事実が明らかになることがわかっていたからだ。

 ファラージ党首やボリス・ジョンソン前ロンドン市長(当時)ら離脱派は国民投票前、英国がEU加盟国として支払っている拠出金が「週3億5000万ポンド」に達するとし、離脱すればそれを「国民医療サービス(NHS)」の財源にできると主張していた。しかし、実際は拠出金の3分の2が補助金として英国に払い戻されており、実際の拠出金は「週1億8800万ポンド」であった。離脱派は、国民投票後に誤りを認めた。ファラージ党首は、批判を恐れて「逃げた」のである。