だが、これはEUからすれば、英国にとって都合がよすぎるものだった。EUからすれば、英国を自由貿易圏にとどめたまま、「移民の制限」を認めてしまうと、それにならってさまざまな加盟国がドミノ倒しのように「移民の制限」を求め、離脱に走るような事態になりかねない。これは、EUには受け入れがたいことであり、チェッカーズ案は拒否された。

 一方、ジョンソン外相、デービッド・デービスEU離脱相などの「離脱強硬派」の閣僚が、相次いで反旗を翻し辞任した。これまで、強硬な主張を続けてきたが、ハード・ブレグジットの困難さを直視させられて、「逃げた」と嘲笑されている。

 そして、今回の「離脱協定案」の交渉間レベルでの暫定合意である。しかし、閣僚の辞任が続き、保守党内は事実上、分裂状態となってしまった。メイ首相がどこまで政権を維持できるか、不透明な状況である。

 だが、一方でメイ首相がEUとの厳しい交渉を粘り強く、しかも英国民のみならず、全世界の人がオープンにそれを見られる「民主的な形」で継続し、少しずつ合意を形成していったことで、ハード・ブレグジットは無理筋だという世論を次第に広げていったことは、重要だと考える。

ポピュリストに身を引かせた
英国の成熟した民主主義の凄み

 現在、英国内には、英国のEU離脱の是非を問う「国民投票」の再実施を求める動きが広がっている。それは市民レベルにとどまらず、サディク・カーン・ロンドン市長や、ゴードン・ブラウン元首相ら、指導者レベルにまで広がっていることが注目される。今、国民投票を実施すれば、残留派が勝利するという世論調査もある。もちろん、国民投票の再実施は、あまりにもハードルが高く、現実的ではない。

本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されます。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 保守党内の離脱強硬派は、これまでの交渉経緯で明らかになったことから、本当に「合意なき離脱」となった時に起こる混乱をよくわかっている。本当に「合意なき離脱」となったら、猛批判を浴びて、彼らの政治生命は終わる。

 むしろ、彼らの本音は「オープン・ブレグジット」が決まった後に、「本当は我々の主張通りがもっとよかった」と、都合のいいことを言い続けたいということだ。それがポピュリストであるジョンソン前外相の、次期首相を狙う「隠れた戦略」かもしれないのだ。

 また、保守党が本当に分裂して、解散総選挙になったら、労働党に政権を渡してしまう懸念が大きい。主要産業の再国有化を訴える極左のジェレミー・コービン労働党党首が首相になるような事態は、主張の違いを超えて、すべての保守党議員にとって、最も避けねばならないことである。

 筆者は長期的に見れば、「オープン・ブレグジット」は、泥船であるEUに残留するよりもベターな解だと考えている(第149回)。最終的に、英国政治は「カオス」を乗り越えて、EU離脱のあり方に1つの「解」を出すだろう。それは、さまざまな間違いや、混乱からも学び、それを修正して進むことができる、民主主義の持つ「凄み」なのだと考える。

(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)