つまり昔の恋愛を胸に、悪くいえば引きずって生きている男性はそれなりにいて、前の恋愛に苦しめられながら結婚生活を続けている男性も珍しくはないのである。

 彼らの甘酸っぱいエピソードと現在彼らを苦しめるおじさん的胸の痛みを紹介するとともに、同様のいかんともし難さに長年緩く悩まされ続けられている一部読者諸氏の共感を呼びさますことを本稿の狙いとしたい。

思いが実を結んだひと時
1年足らずの甘い思い出

 結婚生活約20年のAさん(46歳男性)は最近、中学生の息子を見るたびに胸にくすぶる甘酸っぱさを想起しているそうである。

 息子は思春期真っ盛りで自分の時とは違うが若干反抗期である。接しにくさ、扱い難さに戸惑いを覚えつつ、Aさんの胸に去来するのは「こいつにはこれからたっぷりとした未来があって、その中でいくつか恋愛をして、自分のように忘れられない恋愛を心に刻んで、そしてやがて俺みたいなオヤジになっていくのだろうなあ」という漠然とした、壮大な思いである。

 この思いを契機にして次に必ず「俺も忘れられない恋愛がある……」とひとりごちて、さらにその次「アケミ(仮名)……」と、かつての恋人の名前を虚空に向かって呼びかけるのであった。

 Aさんとアケミは高校の同級生だった。

 2人は2年次のクラス替えをきっかけに急速に親しくなっていった。やがて週3回は一緒に下校するようになった。休日もたまに2人で出かけることもあるがそれは「デート」という前提ではなく「前から見たいと話していた映画のチケットがたまたま取れた(がんばって買って用意した)」「気になっていると話していた美術展のチケットがたまたま取れた(親戚が関係者だったので懇願して用意してもらった)」といった大義名分的口実のもとにギリギリのバランスで成立したお出かけであった。

 学校でも一緒に過ごす時間が多い2人であったが、周囲から「付き合ってるの?」「付き合っちゃえば?」などと言われると照れや恐れから全力で否定していた。絵に描いたような友達以上恋人未満を維持したまま、臆病な2人の仲はそれ以上進展せずそのまま卒業を迎えた。卒業式でもお互い思いを告げるようなことはなかった。