女性は憂さ晴らし
男性は高みの見物

「女の敵は女」企画が、視聴者や読者にウケる“理由”にも男女差がある。

「女性の場合は、同企画を見ることによって、“自分以外でも怒りの感情を覚えている人がいて良かった”という安心感と連帯感を得ることができます。一方で、男性と同じように、当然、女性も怒りなどのネガティブな感情が湧き上がってきたときには、自己嫌悪にさいなまれるものです。しかし、同企画を見ているときの女性は、憤慨している女性出演者に、自分が抱いている嫌悪感とストレスを転嫁できるため、楽な気持ちになる傾向もあるようです」

 つまり、女性にとって同性同士のののしり合いを見ることは、一種のガス抜きの作用もあるのだ。

 一方、男性は、自分たちが普段抑圧している感情をむき出しにする女性に対しては、一種の“エンターテインメント”として見ているようだ。

「男性にしてみれば、テレビの中で女性たちが言い合っている姿は、“対岸の火事”であり、別世界の出来事です。その感情表現に新鮮さを感じ、完全なるエンタメとして見ているのだと思います。同じ企画で男性出演者のバージョンがほとんどないのは、男性の感情の性質上、企画が成り立たないからでしょうね」

 感情表現が苦手な男性に対し、女性は豊かなため、いわば“テレビ(誌面)映え”するということだ。したがって、この手の企画はこれからも続いていくと沼田氏は予想する。

「感情の機微がわかりやすいので、これからもエンターテインメントとして成り立っていくでしょう。また、過剰な感情のぶつけ合いは日常生活では頻繁には起こらないので、一種の刺激物として視聴する層も一定数いるでしょうね。退屈な日常のスパイスとして不倫報道が続けられることと同じ構造です」

 制作側としても、女性タレントや素人を集めて、怒りエピソードなどを話すだけで成り立つため、コストが抑えられるという利点もある。手っ取り早く制作でき、視聴者男女の一定のニーズのもと、大外れしないという点では、“カタい”企画なのだろう。

 女性が女性をののしり、それを見た女性はストレス解消し、男性は対岸の火事としてほくそ笑む――。エンターテインメントの一形態ではあるものの、性をめぐる問題が“火薬庫”と化している現代においては、少々リスクの高い企画とはいえるのかもしれない。