世界で著書累計100万部の猫を愛する専門家が、猫から日々教えられている生きる知恵を綴った『猫はあきらめ時を知っている』の日本語版が刊行された。
お気に入りの隠れ家を持ち、高価な物より段ボール箱を愛し、美味しくない食事は遠慮なく残し、どうやらこっそり人間をしつけているらしい……そんな猫が、常に周りの目を気にして生きる人間たちに、もっとラクに生きるコツを伝える一冊から一部抜粋して紹介しつつ、無類の愛猫家の翻訳者・吉田裕美氏が猫への思いを綴る。
猫にありがちな日常の仕草には、どんな偉人の名言にも勝る、深い人生哲学が込められている!(以下、執筆/吉田裕美)

嫉妬でロマンスをぶち壊さないために

猫にはそんな心配はない。

発情期特有のギャーギャーという鳴き声は出しても、
熾烈な競争はほとんどない。

猫は相手を束縛しない。
(セリア・ハドン著 平田光美訳『猫はあきらめ時を知っている』より)

 嫉妬という感情をまったく経験したことのない人は幸いである。

  エゴ(自分)が唯一の世界だった赤ん坊の時期を過ぎれば、誰でも自分と他人とを比べては、他人のほうがいいものを持っていると思ったり、自分の“既得権”を他人が侵害しようとしていると思ったりして、ねたむことがあるものだ。
 しまいには、相手に非がないことはよくわかっているはずなのに、暗い憎しみの感情を覚えたりする。
 しかも嫉妬がやっかいなのは、七転八倒の苦しい思いをしなければならないのが、他ならぬ自分自身だという点だ。

 猫の預かりを始めた頃、猫ボランティアさん(地域猫の愛護に奔走する有志)に、
「猫も嫉妬するから、複数の猫がいる場合は心して各猫を平等に扱うように」
 ときつく注意を受けた。
 エサをやるのも、同じ時刻に同じものを同じ量、名前を呼ぶのも、同じトーンで同じ回数、撫でるのもしかり。
 嫉妬というネガティブかつ無意味な感情で辛い思いをさせまいと、それは細心の注意を払って複数の猫を平等に扱ってきた。

 そのおかげかどうかはわからないが、現在わが家の牡猫2匹は、嫉妬などとは無関係に暮らしているように見える。
 エサの時間には、2匹一緒に大きな声で鳴いたり、すり寄ったりの大騒ぎ。
 ワントーン高い声と、うるんだ瞳で2匹が同時に迫ってくれば、足は自然にキャットフードのしまってある場所へと向いてしまう。

 しかし、同時にエサをもらったからといって猫たちは同時に食べ終わるわけではなく、先に終わったほうがまだ食べている最中の茶わんに首を突っ込んだり、横から前足で一粒ずつ掻きだしたりして手伝っている。
 結局、大きな茶わん1つに2匹分入れてやっても結果は同じなのかもしれない。

 では、愛情に対してはどうか。