世界で著書累計100万部の猫を愛する専門家が、猫から日々教えられている生きる知恵を綴った『猫はあきらめ時を知っている』の日本語版が刊行された。
お気に入りの隠れ家を持ち、高価な物より段ボール箱を愛し、美味しくない食事は遠慮なく残し、どうやらこっそり人間をしつけているらしい……そんな猫が、常に周りの目を気にして生きる人間たちに、もっとラクに生きるコツを伝える一冊から一部抜粋して紹介しつつ、無類の愛猫家の翻訳者・吉田裕美氏が猫への思いを綴る。
猫にありがちな日常の仕草には、どんな偉人の名言にも勝る、深い人生哲学が込められている!(以下、執筆/吉田裕美)

寝るときは大切な人と一緒に

でなければ、
ひとりで休もう。

(セリア・ハドン著 平田光美訳『猫はあきらめ時を知っている』より)

 ある朝、娘が片頭痛で学校を欠席した。
 この片頭痛という病気、ほうっておいても別段命には関わらないそうだが、発作の最中、本人は大変な思いをする。
 腕の一本でも上げようものなら、たちまち脈動が脳みそを直撃して、怒髪天を衝く(※イメージです)。
 光やら音やら、とにかく外界からのすべての刺激が耐えがたいので、カーテンを閉めてそっとしておいてほしいものだ。
 当然、娘だけになついていて、いつも娘のベッドで一緒に寝ている猫は部屋の外に締め出された。

 家族のそれぞれがあわただしく家をあとにする中で、思いがけず玄関の呼び鈴が鳴る。
 こんな時間に宅配はないだろうと、いぶかしく思いながら開けてみると、なんとお隣の奥さんが立っているではないか。

 奥さんは遠慮がちに
「あのぉ、お宅で猫、飼っていませんか?
 クローゼットの中に一匹いるんですけど、うちの者は誰も猫なんか拾ってきていないって言うんです……」。

 猫なら飼っていますが、お隣に行くような猫は……と言いかけて、ハッとした。
 ベランダの窓が開いていたかもしれない。

 娘の部屋のドアを閉められてしまった猫は、ベランダ側から回り込もうと考えたに違いない。しかし、娘の部屋の窓は閉まっていた。
 運悪く、隣のベランダとの間仕切りの下を塞いでいた板に不具合があって、すき間ができているので、猫なら身を低くしてするりと抜けられる。そんな時に限って、隣の家の窓が開いていたというわけだ。

 隣の家には、猫より一回り小さな犬がいて、予期せぬ来客に興奮してしっぽを振りながらキャンキャン吠える。
 匂いや雰囲気で、自分のうちではないとわかった猫はパニックになって、これまた開いていたクローゼットに飛び込んだという顛末だ。

 娘以外の人間には触らせてくれない猫だったので、仕方なく寝込んでいる娘を起こして、隣のうちへレスキューに向かわせた。

 娘の顔を見た時の、猫のほっとした表情。
 猫語を翻訳するならこうなるだろう。
「なんだ。家を間違えたかと焦ったけど、アンタやっぱりここにいたんじゃないか」

吉田裕美(よしだ・ゆみ)
東京都生まれ。東京学芸大学教育学部初等教育国語科卒。在学中に文部省給費にてパリINALCO(国立東洋言語文化研究所)留学。リサンス(大学卒業資格)取得。日仏両国で日本語を教える傍ら翻訳、通訳に携わる。地域猫ボランティア活動に関わり、これまで多数の猫を預かり里親へ橋渡ししてきた。現在、2匹の愛猫とともに暮らしている。