非常に高額なのに、最高競争率316倍!
いま、この日本で、宝くじのように当選するのが難しいサービスが存在することを、あなたはご存じだろうか?
JR九州。正式名「九州旅客鉄道株式会社」。名前だけ聞くと、旧態依然の鉄道会社のイメージを持つかもしれない。
だが、この会社の「あるサービス」がひそかに感動の輪を呼んでいる。
東京だけで暮らしているとわからない。でも、九州に行くと景色は一変する。
その名は、クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」(以下、ななつ星)。いまや「世界一の豪華列車」と称され、高額にもかかわらず、2013年の運行開始以来、予約数が定員をはるかに上回る状態が続いている。なんと、DX(デラックス)スイート(7号車の最高客室)の過去最高競争率が316倍というから驚きだ。昨年11月の『日経MJ』には、「ブランド作りとは世界の王でも断る覚悟」と題して、そのフェアな抽選システムが新聞一面に紹介された。
だが、驚くべきは、「ななつ星」だけではない。
この会社、バリバリの鉄道会社なのに、売上の6割は鉄道以外の収入で、8年連続増収なのだ。
かつてこんな会社があっただろうか?
JR九州を率いるのは唐池恒二氏。8月27日、韓国と九州を結ぶ真っ赤な新型高速船「クイーンビートル」を2020年8月に就航すると発表。子どもから大人まで博多と釜山の優雅な旅を満喫できるという。さらに、7月には、中国・アリババグループとの戦略的資本提携を発表。2020年の東京オリンピックを控え、ますます九州が熱くなりそうだ。
記者は、この20年、数々の経営者を見てきたが、これほどスケールの大きい経営者はほとんど見たことがない。
1987年の国鉄分割民営化の会社スタート時は、JR北海道、JR四国とともに「三島(さんとう)JR」と称され、300億円の赤字。中央から完全に見放されていた。
それが今はどうだろう。高速船、外食、不動産、建設、農業、ホテル、流通、ドラッグストアなど売上の6割を鉄道以外の収入にして8年連続増収。37のグループ会社を率い、2016年に東証一部上場、2017年に黒字500億円を達成。今年3月1日の『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)でも、逆境と屈辱から這い上がってきた姿が紹介された。
今回、再現性のあるノウハウ、熱きマインド、破天荒なエピソードを一冊に凝縮した、唐池恒二氏の著書『感動経営――世界一の豪華列車「ななつ星」トップが明かす49の心得』が発売たちまち4刷。今回、書籍の中の一部から、編集部でまとめた記事を特別公開する。(構成:寺田庸二)

なぜ、ななつ星の「30億円の額縁」の特等席は最後尾・7号車にあるのか?

ジェームズ・ボンドもヒントをくれた

 前回、「序・破・急」の話をした。
ななつ星の最も高額なDXスイートの車両は、最後尾7号車にある。
めくるめく景色が視界の向こうへ次々遠ざかっていく。

「30億円の額縁」とわれわれが呼ぶ車窓の眺めを独り占めできる特等席。

 この特等席を、1号車で先頭車両のラウンジカー、2号車のダイニングカー(レストラン)から最も離れた位置に置くことには反対意見も多かった。

 しかし、いちばん価格が高いDXスイートを最後尾に配置すれば、唯一ほかのお客さまが通路を往来しない環境となる。

 また、食事の時間には、DXスイートのお客さまがレストランに最後に登場することになり、演出的にも悪くない。車窓の眺めも最上級。

 そもそもななつ星の車両は20メートルだから、5両分で100メートル歩くなど、なんてことはない。
 ひととおりそう話すと、誰もが最後には納得してくれた。

 歩いて楽しい列車にする。

 この命題を前に、デザイナーの水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さんが少々悩まれたので、私は映画『007 ロシアより愛をこめて』で、ジェームズ・ボンドが大男から逃げるシーンを例にイメージをお伝えした。

 ボンドは、オリエント・エクスプレスの通路をジグザグに逃げる。
 これがカッコよかった。
 そしてよく考えてみたら、一両ごとに客室の左右位置が入れ替わるので、ジグザグに逃げたのだと気づいた。

 つまり、車窓の左右も一両ごとに異なり、見える景色も車両ごとに変わることになる。
 九州を行く路(みち)ならば、かたや海の碧(あお)、かたや山の蒼(あお)。
 両方の風景を均等に見られるということは、複数の車両を長く歩くほどに楽しい眺めが提供されることを意味する。
 ここには、ありがたい神社の参道と同じく、クライマックスへの「序・破・急」があるのだ。

 神社には、もともと社格というものがあり、その格が高いほどに壮大で、参道も長く楽しいつくりになっているように思われるところも少なくない。

 いま、ななつ星のホームページには、
「ロイヤルワインレッドに映えるエンブレム。旅の品格をまとう7客車。」
 というコピーが記されている。
 ついでにいうならば、「旅の品格を表す100メートル」といったところだろうか。

☆ps.
 今回、過去最高競争率が316倍となった「ななつ星」のDX(デラックス)スイート(7号車の最高客車)ほか、「ななつ星」の客車風景を公開しました。ななつ星の外観やプレミアムな内装の雰囲気など、ほんの少し覗いてみたい方は、ぜひ第1回連載記事を、10万PVを突破した大反響動画「祝!九州」に興味のある方は、第7回連載もあわせてご覧いただければと思います。