1999年のシドニー五輪直前、代表メンバー入りしていた松田が当時のフィリップ・トルシエ監督に不満をぶつけて自ら代表を離脱するという前代未聞の事態が起きた。

「先生、やっちまいました」。

 電話を受けた山田監督は「道を貫け。ただ自分のことだけではなく、日本サッカー全体のことを考えろ」とだけ告げたという。トルシエ監督は、その後、松田を代表に戻し、2002年の日韓W杯でも主力として起用した。

 出すぎた杭。サッカーファンから愛された永遠のサッカー小僧は、2011年8月、所属する松本山雅の練習中に倒れて、そのまま帰らぬ人となった。葬儀に出席した山田監督は「バカヤロー!」と、棺に体を寄せて泣き崩れたという。それが本気で松田を叱った最初で最後の言葉となった。

チーム作りは人づくり。人づくりは個性の尊重

「指導者は群れから外れる選手を排除しようするが、出る杭を決して潰してはいけない。指導者の役割は、選手の個性を見つけて伸ばしていくこと。それができれば、選手は自らの力で伸びていく」

 元日本代表MF細貝萌は、入学当初は攻撃的なスター選手だったが、守備強度と危機察知能力にいち早く気づいた山田監督は、細貝を守備的MFに矯正した。高校卒業後、浦和レッズに加入した細貝は、その守備能力の高さを、当時のギド・ブッフバルト監督に見出され、ブンデスリーガへと移籍していった。細貝は「攻撃的な選手だったらドイツでプレーすることは絶対になかった。山田先生は、自分のサッカー人生を劇的に変えてくれた」と語る。

 山田監督のもとには、常に教え子のプロ選手たちが立ち寄り、近況報告や相談をしていく。筆者が山田監督を取材していたJリーグのシーズンオフとなる12月には、毎日のように選手が訪れた。2018年度は、高卒・大卒合わせて計8人の教え子たちがプロの門を叩く。現在、前橋育英には全国から入部希望者が殺到し、Jリーグ下部組織からの入部志願者も多いという。プロ輩出数は、近い将来、累計100人を超える。

 チームづくりは、人づくり。人づくりは、個性の尊重。36年目にして日本一にたどり着いた指揮官は、今年も高校サッカー選手権という舞台で、出る杭を束ね、チームを動かしていく。求めているのは勝利という結果ではなく、選手の成長だ。勝利も敗北も、その過程に過ぎない。