『戦略の世界史 戦争・政治・ビジネス』(上)『戦略の世界史 戦争・政治・ビジネス』(上・下)
ローレンス・フリードマン著
(日本経済新聞出版社/各3500円)

「戦略」という言葉は、当然ながら軍事や戦争に由来する言葉だ。ところが、いつのころからか、ビジネスだけでなく、日常生活でも口にされるようになった。曖昧(あいまい)に使われる「戦略」という概念は、過去の人類の歴史の中でどのように考えられ、実践されてきたのだろうか。

 今回、ご紹介するのはこうした問題に取り組んだ画期的な本だ。著者は英国の学者で、日本では馴染(なじ)みのない戦争学(!)の世界的な権威であり、エスタブリッシュメントに属する人物である。そもそもの専門は核戦略だが、戦争や戦略全般への造詣が深く、20年以上の研究を積み上げて大作を著した。本書の特徴を3つ挙げたい。

 第一に、扱われている知識の幅広さが圧倒的な点だ。著者は自身の専門である戦争学に関連する話題ばかりでなく、聖書の中に出てくる戦いのエピソードから共産主義の革命思想、さらに現代のビジネススクールで教える経営戦略や行動経済学の理論など、実に豊富な知見を披露している。その領域は、ノンフィクションにとどまらず、映画や小説、風刺漫画までをカバーしている点には脱帽だ。

 第二に、ビジネスの文脈で使われる戦略にも切り込んでいる点がある。純粋に軍事戦略を研究する学者は、概して現代のビジネスで使われる経営学としての経営戦略の理論には手を出さないものであるが、著者は臆することなく縦横無尽に論じる。これは経営やビジネスを研究する学者が、必要に応じて軍事戦略に手を出すケースが多いこととは対照的である。軍事における戦略理論と現代の経営で語られる戦略理論の“融合”を目指した本書は、高く評価できる。

 第三に、健全な批判精神が発揮されている点が挙げられる。一般的に戦略を扱う本は、それが軍事であろうとビジネスであろうと、何か特定の理論に肩入れして議論をすることが多いが、本書は著者が歴史家としてのトレーニングを積んだ人物であるためか、極めて客観的でバランスのよい記述には好感が持てる。

 ただし、そのために主張が弱いと感じられたり、最後の著者の結論がやや肩透かしを食らったりする部分もある。大著であるが故に、論点が散漫になることも多少は気になる。そして、これは日本語版だけの問題だが、最後に訳者の後書きか専門家による解説がないことで、やはり物足りなさが残る。

 とはいえ、訳語はスムーズで、とりわけビジネス上の戦略に関心がある人にとっては読みやすいだろう。本書は、知的刺激にあふれた「戦略の概論」として、自信を持ってお薦めできるものだ。

(選・評/IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員 奥山真司)