「体制派」化して
弱者の「受け皿」になれず

 だが、「階級」より「アイデンティティー」に関心を寄せ、「集団」よりも「個人」を重視するようになったリベラル派には、グローバリゼーションに反対する理由はなくなってしまう。

 例えば、移民の問題をどう考えるか。

 移民の流入は、賃金抑制や失業をもたらし、国内の労働者階級や低所得者層を苦しめるかもしれない。しかし、移民が流入することで生まれる文化的な「多様性」は、今のリベラル派の理想である。

 したがって、むしろ、リベラル派は、移民の受け入れに反対する労働者階級に対して、移民の「アイデンティティー」を尊重し、排除してはならないと諭すのだ。

 また、今のリベラル派は、大企業で出世したり、起業したりして、経済的に成功した女性や人種的・民族的マイノリティの個人を「ガラスの天井を破った」などと称賛してやまない。

 しかし、一握りの企業や個人に富が集中するグローバル資本主義そのものを批判することはないのである。

 こうして今のリベラル派は、グローバリゼーションによって苦しむ労働者階級や低所得者層の受け皿ではなくなってしまった。

 むしろ、労働者の苦境をよそに、「共生」だの「多様性」だのと説教を垂れる鼻持ちならない「エスタブリッシュメント(体制派)」と化していたのだ。

 これでは、労働者階級や低所得者層が非リベラルなポピュリスト勢力へと走ったのも、当然だろう。

 このリベラル派の変質の問題を象徴するのは、2016年の米大統領選だった。

 この選挙で当選したトランプ氏は、民主党のバラク・オバマ大統領やヒラリー・クリントン候補を執拗に批判することで、白人労働者階級の支持を集めた。

 民主党のオバマ(黒人)やクリントン(女性)こそ、「階級」よりも「アイデンティティー」を重視し、グローバリゼーションを歓迎したリベラル派の象徴だったからだ。