経営者の人生そのものである中小企業の事業承継は、100社あれば100通りのかたちがあるが、そのとき直面している課題には共通するものも多い。ここではその典型例をまとめた。*本記事は『週刊ダイヤモンド』2018年1月27日号『大量引退時代の最終決断 廃業or承継』を再構成したものです。

事例 1 経営者死去

残された妻と従業員
“素人”は譲渡が最善策

【ぬくもり工房】

 絵本の世界を再現したかのような雰囲気を醸す一角が、静岡県浜松市にある。「浜名湖ぬくもりの森」だ。

ぬくもり工房が全建築物のデザイン・施行を手掛けた「浜名湖ぬくもりの森」には、レストランやカフェもある

 そこには、浜松市に本社を置く建築設計事務所、ぬくもり工房が手掛けた独特なデザインの建築物(写真)が並び、中世ヨーロッパのとある村といった空間を演出している。

 2005年に一般公開してから口コミで人気に火が付き、年間13万人以上が訪れる観光スポットとなっていた。

 ところが、16年6月、ぬくもり工房の創業者である佐々木茂良氏が体調を崩して入院し、約1カ月後に58歳という若さで急逝。一転して事業継続すら危ぶまれる緊急事態に陥ってしまった。

 残された妻の由佳氏は会社の経営にはタッチしておらず、建設業についても何も分からない。建築設計事務所の経営者としてまったくの“素人”だった。夫が残したデザインや建築物、会社に対する思いを引き継ぎ、従業員の雇用も守りたいという思いとは裏腹に、不安に襲われたという。

 そんなときに助け舟を出したのが、取引銀行の静岡銀行だった。支店長が相談に乗って思索した結果、M&Aを活用した事業譲渡を提案したのだ。

 当初、由佳氏は夫の会社を第三者に委ねることに対する不安が大きかったという。しかし、譲渡相手である賃貸物件管理業のRe・lationの高橋秀幸社長に会って話をしたところ、意気投合。同じく浜松市に拠点を置く高橋社長から、夫もよく口にしていた、地元地域に対する貢献の思いを聞いたことが大きかった。

「地元企業への事業譲渡を提案したことで、創業者の世界観と従業員の雇用が守られたことを感謝された」(静岡銀行)という。

 ぬくもり工房のように、経営者が若くして亡くなるケースは珍しいが、高齢の経営者が亡くなり、その妻が後継者となって途方に暮れてしまうというケースは、今回の取材でも多く耳にした。

 従業員の雇用を守るため、取引先に迷惑を掛けないために亡き夫の後を継いで社長になったが、「本当にそれを実現するためには経営のプロに任せるのがベストという判断をし、第三者への事業譲渡を依頼してきた奥さんがいた」と、ある事業承継仲介業の担当者は明かす。それも重要な選択肢といえる。

 経営者の急死で困るのは、残された家族や従業員だ。60歳前の急逝となると想定外だったというのも致し方ないが、70歳近い経営者は、「不謹慎だ」「縁起でもない」とは思わず、自分に万が一のことがあった場合も想定して事業承継を視野に入れるべきだろう。