早苗の携帯電話が鳴り始めた。
「父からよ。話はすんだそうよ。戻りましょ」
2人は会議室を出て、代表室に戻った。
2人の社長の姿はすでになかった。
森嶋と村津は仕事があるという早苗を残して、長谷川設計事務所を出た。
「少し歩こう」という村津の言葉に、森嶋は村津と並んで歩き始めた。
「村津さんは東都大学の葉山教授と大学時代の友人だそうですね」
「ゼミが一緒だった。彼は抜群に頭が切れた。教授もそれを認めていた」
「葉山さんは村津さんが大学に残ると思っていたと言ってました。成績は自分より良かったと」
「言ってるだけだ。自分の方が数倍頭がいいことは知っている。私は自分の能力を知っていたから人一倍勉強した。彼も自分の能力を知っていたから、大学に残った。それだけのことだ」
村津はまるで他人事のように淡々と話した。
「殿塚さんは元気だったか」
村津が突然聞いた。
「今朝、殿塚さんから電話があった。植田君がきみを連れてきたと言っていた。私も機会があれば紹介しようと思っていたところだ」
村津は殿塚のことを殿塚さんと呼んだ。普通官僚は国会議員をさん付けで呼ぶことはない。特に殿塚ほどの大物になると、先生だ。
「よく食べ、よく飲んでおられました」
村津の顔がかすかに曇った。