「席を外してくれないか。我々は少し話がある」
話が途切れた時、村津が森嶋と早苗に言った。
2人は都市模型の置かれている部屋に行った。
森嶋がもう一度見せてほしいと早苗に頼んだのだ。
テーブルの上に置かれた模型は、前に見たときとは違った印象を持って森嶋に迫ってくる。現実に日本のどこかにある都市のような気さえしてくるのだ。
「どうかしたの」
都市模型に見入っている森嶋に早苗が聞いた。
「すべての業には時がある。いまがその時ということですか」
「生まるるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり――父がよく口にしてたの」
「まさにその通りだ」
でもね、と言って早苗は森村を見つめた。
「そして、殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、って続いていくの。いいことばかりじゃない」
早苗は低い声で言った。
「石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、 捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、 裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、 愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある」
早苗はまるで聖書を読んでいるかのように続けた。
「要するに、人生のすべてのことなのよ。人のすべての行為は神のみ業であるってこと。父は母の死に意味を見つけようとしているのかもしれない」
「それで意味は見つかったのですか」
「知らないわ。私は父じゃないもの」
「村津さんはキリスト教ですか」
「私が神様を信じてるように見える」
「お父さんのほうです」
「洗礼は受けたみたい。やはり、母が死んでから。母はクリスチャンだった。でも、娘の私には強要はしなかった。自分で判断しなさいって。急ぐことじゃないから」