長期投資家の投資対象に入るために

 それでは、市場リスクを下げて、ロングオンリーの投資家の対象となりうるための「足切りライン」を通過するにはどうすれば良いのでしょうか。

 本質的に「魅力のある発行体企業」であることが重要なのは言うまでもありませんが、同時に、投資家も企業を評価するにあたって一定のコストを負っている以上、評価を受けるための最低限の必要条件として、市場リスクを低減しておくことが必要です。

 この点、Post-IPO スタートアップが市場リスクを低減するために必要なことは、IPO時のオファリングサイズ(売出+増資)を大きくすること(端的には100億円以上が一つの目安)であると、筆者は考えています。これにより、発行体目線から見える風景が大きく変えることでしょう。

 まずもって、オファリングサイズを大きくすれば、市場で実際に流通する株式が多くなります。大量保有報告書の情報を元に新興の上場企業に実際に投資しているロングオンリー投資家の例を見ると、1社に対して数十億円前半(数百億円の時価総額の会社の5%程度)の規模で投資をしているケースが多いようです。

 この規模から考えると、オファリングサイズが50億円以下では小さすぎると言わざるを得ません。100億円を目安としたのは、ロングオンリー投資家が最低ラインとするであろう投資ロットを踏まえてのものです。

 また、主幹事証券会社と足並みを揃えるという観点からも、オファリングサイズが大きいことは重要です。

 2015〜2017年のマザーズのオファリングサイズの中央値は11億円です。これに主幹事となる証券会社の一般的なフィー水準と言われる8%を掛けると、主幹事の取り分は1億円に届きません。

 一方で、どんなに小さなIPOであっても、主幹事はチームを組成して年単位のコミットをしなければなりません。証券会社の立場からすると、負担しているコストと比較して、IPOの主幹事フィーだけではビジネスとしての旨味がありません。その結果、小さなIPOに対しては、必然的に標準化した対応がベースとなってしまうのです。

 わずかなフィーしか得られないのであれば、「上場前に海外投資家向けのNDR(Non Deal Roadshowの略。資金調達などのディールを行わない状況で投資家に会うこと)を実施してほしい」「PDRR(Pre Deal Research Report)を買いて欲しい」といったオーダーメイドの対応に主幹事が応じづらいのも、無理はありません。

 発行体からのフィーの上乗せが望めない状況で主幹事会社が収益を上げるためには、上場後の「販売(Sales)」で手数料を多く取ることが必要になります。

 そのためには、長期で保有し続ける投資家よりも、短期に高回転で売買を行う投資家に多くの株式を割り当てた方が、少なくとも収益面では主幹事である証券会社にとって合理的であるということになるのです。

 実際、マザーズへのIPOでは、IPO時に個人投資家に80%を割り当てるのが一般的です。機関投資家への割り当ては20%にすぎません。海外投資家ともなるとごく一部の割り当てになっています(参考:日本証券業協会)。

 オファリングサイズが大きくなれば、流通株式の点でロングオンリーの長期投資家の投資対象となる可能性も高まり、興味を持つ投資家層が広がることでしょう。

 また、主幹事証券会社へのフィーが大きくなれば、主幹事に対してもより積極的な関与を動機づける経済的なメリットを呈示することができます。海外投資家とのNDRアレンジやPDRRなど、IPO後の成長に向けたサポートを期待できる余地が広がるのです。

 このように、オファリングサイズを大きくすることは、単に調達金額が大きくなるだけでなく、発行体にとって大きなメリットをもたらす可能性があるのです。