未開拓の道を選んで歩き
「魔法の波長」を発見

 香取が光格子時計のアイデアを初めて披露したのは、2001年に英国で開かれた原子時計の国際会議でのことだった。7年に1度しか開かれない、原子時計研究の重鎮が集う国際会議だ。

 この当時の王道を行く先端研究は、捕まえた単一イオンを見る原子時計「単一イオン時計」だった。「次世代の原子時計はこれで決まり」と多くの研究者がこのテーマを追い掛けていた。

 博士課程修了後の94~97年、香取がポスドク(客員研究員)として籍を置いていたドイツのマックスプランク量子光学研究所もしかりだ。

 世界の俊英が集うこの研究所では、毎週のようにセミナーが開かれ、世界のトップの研究者が最新の研究成果を披露し、情報交換に躍起になっていた。

 97年に日本に帰った香取は、彼我の差に頭を抱えた。最先端研究である単一イオン時計を日本で研究しても、はなから勝負にならない。全く太刀打ちできない。

 こうなれば、人がやらないような研究で「人の行く道の裏」を行くしかない。誰も分け入らないようなルートで山に登るしかない。

 日本に帰国後、参加した五神真・現東京大学総長のERATO(創造科学技術推進事業)プロジェクトでも、未開拓の分野へのチャレンジを自らに課した。

 それが光格子時計で大きな役割を果たすことになる「魔法波長」の発見につながった。

 光格子時計では、レーザー光の干渉でできる光の格子に、原子を閉じ込める。そのとき、一般的には原子のエネルギーが変化し、時計の性能が低下してしまう。

 しかし、特定の波長のレーザー光を使って原子を閉じ込めると、原子が吸収する光の振動数はその影響を受けないことを発見した。この波長が「魔法波長」だ。