自虐ネタの背景にあるのは
現状へのやるせない思い

 この流れは戦後さらに活性化し、1957年には、宣伝カーや市バスを連ねた37人のキャラバンを京阪神や和歌山に派遣。全国に3000枚のポスターをばらまいて阿波おどりをPRした。結果、東京のキャバレーなどでもイベントが行われ、全国的なブームにつながったのである。

 ただ、冷静に考えてみると、この「ふるさと自慢」のやっていることは、今流行している「ふるさと自虐」とそれほど大きな違いはない。

 さして珍しくないもの、そこまで斬新ではないものを、アイデアと仕掛けで打ち出して、唯一無二のブランドに押し上げる。それが「強み」の場合は「自慢」になって、「弱み」の場合は「自虐」になっているだけだ。

 つまり、「ふるさと自慢」と「ふるさと自虐」は合わせ鏡のような存在で、本質は何も変わらないということなのだ。

 徳島の「ふるさと自慢」である阿波踊りなど、地方に観光資源として残る踊りは、もともと民衆運動だったという説がある。幕府への不満や、世直しへの望みをグッと飲み込んで、「ええじゃないか」とか連呼して踊ったというのだ。

 そういう地方の人々の不満が、「ふるさと自慢」へと姿を変えていることを思うと、今地方の多くがやっている「ふるさと自虐」は、いったい何をグッと飲み込んだものなのか、という疑問がある。

 ご存じのように今、地方は厳しい。大都市ばかりに人やカネが集中して格差が開き、高齢化や人口減少で疲弊している。

 だからといって、何かができる地方都市は限られている。そういう希望の持てない人々はどうするかといえば、もう笑うしかない、自嘲するしかないのではないか。

「Dr.スランプ」の時代の「自虐」の裏には、「でも、なんやかんや言って都会より幸せだよ」という思いもあった。しかし、あれから30年を経て、その余裕も徐々になくなりつつある。

 もしかしたら、地方の「ふるさと自虐」とは、大都市に対する精一杯の反乱なのかもしれない。