「オーストラリアは非常に面白くて、ラグビーシーズンとサッカーシーズンがかぶらないように設定されているんですね。なので、サッカーのファンはシーズンが終われば、次はラグビーを応援し始める。なので、サンフレッチェのマーケティング方法としては、いかにカープのファンを巻き込むかだと考えているんですよ」

 国技となっているラグビーと、リーグ戦の創設が2004年とJリーグより歴史が浅いサッカー。オーストラリアにおける2つの競技の共闘ぶりを説明しながら、シーズンこそほとんど重複するものの、最大でも公式戦が週2回のJリーグには、まだまだ工夫できる余地があるのではと訴えたわけだ。

「Jリーグは変わっていない」
本田が日本でプレーしない本当の理由

 FCバルセロナとスペイン代表で一時代を築き上げた稀代の司令塔、アンドレス・イニエスタが加入したこともあって、最近はヴィッセル神戸絡みのカードをよく視聴するという。その上で抱いたJリーグへの印象を「僕がいたときから、スタイルがあまり変わっていないかな」と言い切った。

「相手の嫌なことをするディフェンスという面で、戦術的に成熟していないというか。どのチームも割とボールを繋ぎたがっていることは分かるんですけど、ディフェンスで色を出すチームがもうちょっと増えてもいいというか。ディフェンスで色を出せば、おそらく攻撃でやりたいことができなくなる可能性がある。ただ、そこを挑戦しないと一歩、二歩と違う次元の選手になっていけないと思うので」

 本田自身はプロの第一歩を踏み出した名古屋グランパスから、2008年1月のVVVフェンロー(オランダ)へ移籍。以降、CSKAモスクワ(ロシア)、ACミラン(イタリア)、CFパチューカ(メキシコ)、そして昨夏には南半球のメルボルンへ新天地を求めて今現在に至る。

 冒頭で記した2017年6月は、小学生時代から夢見てきた「10番」を託され、3年半所属したミランを実質的な戦力外となって退団。無所属になる状態が目前に迫っていた時期だった。「Jリーグへ戻ってくる選択肢はないのか」と問われた本田は、首を横に振っている。