日本の医療界が「家元」の跡継ぎ競争に没頭している一方、欧米では、社会に対する責任として次世代を育成しようと言う意識が強い、特に医療現場では、患者さんや社会全体がそれを受け入れているとか。冷戦中に十余年にわたってアメリカに在住し、UCLAの内科教授も務めた黒川清さんに、アメリカにおける医師の評価基準や教育への姿勢、ひるがえって感じる日本の教育現場への問題意識などについて、『ファイナンス思考』著者の朝倉祐介さんが聞きました。(撮影:梅沢香織)

評価が報酬にも直結するアメリカ医療界

朝倉祐介さん(以下、朝倉) UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で内科教授も務められた黒川先生は肌で感じられたと思うのですが、アメリカでは、お医者さんに対する評価もかなり厳しいのでしょうか。

黒川清(くろかわ・きよし)
医学博士。政策研究大学院大学名誉教授
1969-84年在米中、米UCLA内科教授を経て、東京大学内科教授、東海大学医学部長、日本学術会議会長、内閣特別顧問、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員長などを歴任。現在は政策研究大学院大学・東京大学名誉教授、日本医療政策機構代表理事を務める。www.kiyoshikurokawa.com

黒川清さん(以下、黒川) そうです。大学ポストの昇進、ほかの大学からのポストのオファー、関係学会のメンバー、クラブ会員などでも研究成果は常に評価されます。学会でのフェローの発表は自分の指導力が見られていますしね。臨床部門の医師の場合、臨床教育も大事な要素です。大学病院ではファカルティ・ステイタス(教員待遇)以上になると、ティーチング・ラウンド(教育を兼ねた回診)があります。15-20人程度の入院患者の主治医・責任者として1ヵ月間、シニア・ジュニアのレジデント(初期・後期の臨床研修医)とクラークシップの学生のチームを引き連れて、1ヵ月間、毎日3時間ほど自分の患者さんの回診するのです。このティーチング・ラウンドを通じて多くの若い医師たちに評価され、ほかのファカルティと比較・評価されます。

 そもそもティーチング・ラウンドはアメリカの医師免許、専門医の資格がないとできません。しかも、多くの同僚医師との競争なので、毎年この権利をとること自体が大変です。私は内科と腎臓と2ヵ月ずつやることができましたが、いつも緊張の連続の競争でした。教育が評価され、昇進や給料、また自分と大学の評判になり、多くの研修医、フェローの獲得に影響するのです。

朝倉 実力社会ですね。

黒川 ほかに、外部の医師から患者さんが紹介されてくるときも評価されますよ。私も腎臓の専門家だからと患者さんを紹介されることがあるので、そういうときは紹介者にまず電話して「ありがとうございます」と伝え、できるだけ早くその患者さんを診察して、結果を連絡する。専門医としてのフィーは大学病院が保険会社に請求するわけですけど、私の給与の一部になるわけですし、サービスよくしないと次は紹介してくれないでしょう。

朝倉 まさに競争ですね。厳しい。

黒川 厳しいけど、楽しいよね。日本の医療界は、医局と講座という「家元」の跡継ぎ競争をやってる。日本は企業でも同じで、ケネディスクールに留学して戻ったら部長になれるかなあ…なんて思ってばかりいたら、何の得るものもない。ただ、実際のところ、日本の組織で飛び抜けた成績を上げたりすると、出る杭は打たれてすぐ出向させられたりするしね。

 アメリカやイギリスなど欧米では、キャリアの節目、節目で外部に出して独立させ、次世代を育成しようという意識が強い。最近ではEU内でもそうなってきている。医療の現場であれば、患者さんや社会もそれを理解しています。教育の場では社会に対する責任として「自分の弟子」ではなく「次の世代」を育てるという考え方が強い。プロの精神が根づいているんです。

朝倉 在米10年でUCLAの内科教授になられ、4年ほどすぎたころに、恩師の先生の説得で帰国されたとか。

黒川 そうです。尾形悦郎先生から、東大病院の第一内科教授に推すから、と。後から聞きましたが、久々に日本の組織闘争のすったもんだを見た気がしました。「脱藩者はご法度」ですから、やっぱり落ちた。その2年後でしたか、尾形先生が私の家を訪ねて来て自分のところの助教授が空席になった、どうしても帰ってきて欲しいと。UCLAの医学部長にも相談して「2~3年で嫌ならまたアメリカに帰ってくればいい」と言われて1983年に日本に戻りました。それまで家族4人でプール付きの広い家に住んでいたから、公務員宿舎は古くて狭いし、結局、古く狭い実家に仮住まいしました。

企業や官庁のひも付き留学にメリットはあるか?

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)など。

朝倉 先ほどおっしゃったように、日本人で企業や役所から派遣される留学は、あくまで帰ってくる前提のひも付きで、黒川先生ほど現地でのディープな体験はできないかもしれませんよね。

黒川 そう、あのひも付き留学自体は一定の役には立つけれどね。唯一いいのは、海外で異業種の横のつながりができることです。日本にいたら勤務先以外のつながりなんて、中高の同級生ぐらいでしょう。彼らは日比谷、あっちは麻布だとか。2000年代は灘、最近は開成…みたいなトレンドもあるじゃないですか。でも、そういうつながり以外にも、海外で同時期に滞在していると、多少は年齢が上下してもゴルフとか趣味を通じてヨコにつき合いができて、気軽に電話もできるつながりができる。これが帰国しても使える。

朝倉 たしかに、いい機会ですよね。

黒川 米国では4年の学部教育を経て、4年の医学部に進み、3年の内科の臨床研修があります。このステップごとに違う大学に進むので、ファカルティになっても他流試合の連続です。多彩な背景をもつ素晴らしいピアメンター、友人、尊敬できるすごい人たちに出会い、ともに仕事をする機会も増えます。時には学部教育の背景も知ります。あとは、日本の大学ではほとんど教えない古典書をきちんと読む機会ができる。たとえば、この一覧表がアメリカのトップ級の大学で読まされる本です。みんな、これを読んできた前提で、議論されるわけだから。古典はknowledgeじゃなく知恵、wisdomのかたまりです。

アメリカのトップ大学における学生たち必読の古典書
『国家』(紀元前4世紀) プラトン
『リヴァイアサン』(17世紀) トマス・ホッブス
『君主論』(16世紀) マキャヴェリ
『文明の衝突』(20世紀) サミュエル・P・ハンティントン
『英語文章ルールブック』(20世紀) ウィリアム・ストランク・ジュニア
『倫理学』(紀元前4世紀) アリストテレス
『科学革命の構造』(20世紀)トーマス・クーン
『アメリカのデモクラシー』(19世紀) アレクシ・ド・トクヴィル
『共産党宣言』(19世紀) カール・マルクス/フリードリヒ・エンゲルス
『政治学』(紀元前4世紀) アリストテレス
出所:黒川清先生特別講演関連資料

朝倉 黒川先生は独立した若い人の一番の応援団という印象です。よく覚えているのが10年近く前のあるイベント後の交流会のことです。少しご年配の方が「こういうことをやろうと思っているんですが、先生は若い人じゃないと応援してくれないのですか」と黒川先生に尋ねておられたことがありました。「まあ、そんなことはないですよ」と仰るかと思って聞いていたら「そうですね。若い人じゃないとダメだね」とズバッと仰ったんですよね(笑)。それは、可能性に賭けるという点が大きいのでしょうか。

黒川 私がアメリカで強烈に感じたのは、日本のような厳格なタテ社会じゃないぶん、自分の目標となるロールモデルや、導いてくれるメンターに会える機会が多い、ということです。しかも彼らとは重層的な相互関係が築けます。今の自分があるのは、そういう人たちのおかげだなと心から思うんですよ。その恩恵を受けるなら、若いほうが絶対にいい。だから、若い人じゃないとダメ。

 一番大事なのは、次の世代が何を選ぶか、自分で決めさせることなんですよ。好きなことを見つけさえすれば、やるに決まっている。そういういい教育を受けたことがある人にしか、いい教育のなんたるかはわかりません。それは、自分で意識はしていなかったけど、いざ教える立場になったら過去の経験が自然に出てきます。これは帰国して強く感じ始めました。

自分は何をしたいのか、早い段階で感じとって考えてほしい

一番大事なのは、次の世代が何を選ぶか、自分で決めさせること、という黒川さん

朝倉 ご自身が受けてこられたような教育を、若い方にも受けてもらいたい、というお考えですか。

黒川 そうです。あなたは何をしたいのか、早い段階で感じとって、よく考えてほしい。医学部でも、大学のアカデミックキャリアを目指すのか、臨床が好きなのか。臨床が好きなのに、無理をして研究をして教授になれなくて……なんて組織内闘争に巻き込まれるのもばかばかしいでしょう。

 最近では帰国してから私が接した若い人たちも結構な年になって、色々な分野で活躍しており、同窓会誌や学会誌などの記事で見かけます。「なぜ専門に腎臓の分野を選んだのか」の問いかけに「黒川先生のセミナーで興味をもったから」とか、早々に一般の病院で臨床を続けている人が「黒川先生の回診で、なぜ侵襲のあるその検査をするのか、仮説は何か、確率はどうか、その検査結果で治療の選択が違ってくるのか、患者さんが自分の母親だったらその検査をするのか、と常に問われていたことを、今でも肝に銘じている」と言ってくれたりして、「自分の好きなことをみつけてもらう」教育が間違っていなかったと実感しています。