95(平成7)年3月20日午前8時ごろ、東京の営団地下鉄(現・東京メトロ)の車両内でサリンが散布され、乗客や乗員、駅員ら計13人が犠牲となり、6000人超が被害に遭ったとされる。当時、平和な日本の政治・経済の中心地で「無差別に化学兵器が使用された未曽有のテロ事件」と世界に衝撃を与えた。

 発生の時間帯は月曜日でラッシュのピーク。丸ノ内線、日比谷線の2車両、千代田線の1車両で、実行犯らがサリン入りの袋にビニール傘で穴をあけ、ガスを発生させた。地下鉄駅の入り口には乗客が寝かされ、救急隊員が救助に当たる様子がテレビで放映されていたのをご記憶だろう。

 警察や消防には「爆発」「異臭」「急病人多数」などの通報で、無防備のまま地下鉄ホームに向かった警察官や救急隊員もいた。

 筆者の知り合いの警部補(当時)は警視庁本庁での当直明けで、スーツ姿のまま霞ケ関駅に向かった。「ホームには乗客が多数倒れ、異臭がして目がチカチカした」。その後、視力が落ち、退官した今も目の不調が続いているという。

 オウムを巡っては両事件以外にも坂本弁護士一家殺害などを含め、一連の事件で教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚ら13人の死刑が確定。昨年7月6日に麻原元死刑囚ら7人の、同26日に6人の死刑が執行された。

 筆者は麻原元死刑囚の公判を何度か傍聴したが、何のオーラもなく、ただひたすら眠りこけている太ったおじさんにしか見えなかった。

「6月8日」の大量殺人

 両事件以外ですぐ頭に浮かぶのは大阪教育大付属池田小学校と、秋葉原歩行者天国での両無差別大量殺傷事件だろう。実は2つの事件はいずれも、同じ「6月8日」に発生していた。

 前者は2001(平成13)年6月8日午前10時すぎ、池田小の校舎に宅間守元死刑囚(事件当時37)が侵入し、包丁で児童らを次々に襲って2年の女児7人と1年の男児1人を殺害。ほかに1~2年の13人と教員2人に重軽傷を負わせた事件だ。