19人殺害、猟奇的事件も

 16(平成28)年7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、元施設職員の植松聖被告(当時26)が刃物で入所者を次々に襲い、男女19人が死亡、職員2人を含む26人が重軽傷を負ったとされる事件が発生した。

 午前4時ごろからNHKが「数人死亡、さらに増える恐れ」などとテロップを流し、時間の経過とともに犠牲者が増えていったのをご覧になっていた方もいるのではないだろうか。つい最近の事件でもあり、当日の早朝はこのニュース一色だったから、ご記憶の方も多いと思う。

 戦後に発生した殺人事件としては最多・最悪の犠牲者数で「意思疎通できない人を刺した」「障害者の安楽死を国が認めないので自分がやるしかないと思った」などとの偏見・差別に満ちた供述内容が動機とされ、社会を慄然(りつぜん)とさせた。

 さらに、植松被告は「障害者は不幸しか作れない」「社会は自分に賛同するはずだ」「自分は救世主」などと自らの犯行を正当化する供述も繰り返しているとされる。

 また捜査段階の精神鑑定で「自己愛性パーソナリティー障害」と診断されたが、横浜地検は責任能力を問えると判断し、殺人罪などで起訴した。現在、初公判に向けて公判前整理手続きが進んでいる。

 昭和に起きた連続強姦殺人に似てはいるが、極めて猟奇的な事件も表面化した。

 神奈川県座間市のアパート一室で17(平成29)年10月30日、若い女性8人と男性1人とみられる遺体が見つかった。翌31日、警視庁は白石隆浩被告(事件当時27)を死体遺棄容疑で逮捕。その後、東京地検立川支部は強盗強制性交殺人と強盗殺人、死体遺棄・損壊の罪で起訴した。

 遺体で見つかった9人は15~26歳の男女。女性らは自殺願望を書き込んだツイッターなどを通じて白石被告と知り合い、白石被告は「一緒に死のう」と呼び掛けてアパートに誘い込んでいた。

 しかし白石被告に死ぬつもりなどなく、起訴状によると、犠牲となった女性に性的暴行を加え、さらには所持していた現金を奪った。男性は犠牲者の1人と面識があり、事件発覚を防ぐためだったとされる。白石被告は「金や乱暴目的だった」と供述し、事前に結束バンドや遺体の解体用にのこぎりなどを準備していることから、計画的な犯行とみられている。