01(平成13)年5月8日には、青森県弘前市の消費者金融「武富士」に小林光弘元死刑囚(事件当時42)が押し入って現金を要求、断られたためガソリンをまいて火を付け5人を殺害する事件が発生した。

 一、二審ともに、動機は競輪にのめり込んだ末に消費者金融から借金を重ねて支払いに窮し、強盗を計画したと認定。07年に最高裁が死刑とした仙台高裁の判断を追認して上告を棄却し死刑が確定、14年8月29日に執行された。

 09(平成21)年7月5日には、大阪市此花区のパチンコ店に放火される事件があり、5人が死亡。翌6日、山口県警岩国署に出頭した高見素直死刑囚(事件当時41)が逮捕された。

 この事件を巡っては、高見死刑囚が「女性の声による嫌がらせを受け、世間の人々を無差別に攻撃することで止められると考えた」などと供述。弁護側が「病気による妄想で善悪の判断が損なわれていた」と責任能力を否定し、さらに死刑は残虐な刑罰を禁じた憲法違反などと主張した。

 一、二審ともに高見死刑囚の責任能力を認め、死刑を言い渡した。最高裁も追認し、16年2月23日に上告を棄却、死刑が確定した。

 筆者はこれらの事件で現地に赴いて取材したり、公判を傍聴したりしてきた。共通して言えるのは、何の落ち度もないのに一瞬にして生命を奪われた犠牲者の声なき無念さ、遺族の慟哭(どうこく)と怨嗟(えんさ)である。

 そして、犯行に及んだ当人だけではなく、家族や親類らも破滅するという事実だ。いずれの事件も例として引用したが、人数の多少を問わず、加害・被害の両者とも不幸になる。こうした事件に接してきた身にとっては、事件に関係して悲しむ人たちがいなくなることを願うのみだ。