最初の気づき時に即カウントしてみると、7人中3人が「小用便器に向かって唾を吐く」癖を見せた。統計学的に有意性のある数字ではまったくないが、それでも半数に近い割合であり、これは世界がひっくり返るのではないかと筆者は身震いした(排泄を終えたためではない)。

 その後、知り合い20人に聞き取り調査を行ったところ、「そういえば自分もする」と答えたのが4人いた。20%、5人に1人の割合である。初回観測時に比べれば大幅に下がったが、それでも「それなりにいる」という印象である。

「する」と答えた人たちにその理由を尋ねてみた。

「なんでなんだろう。わからない。特に理由はない」(38歳男性)
「便器の中は元から汚いものだから『汚してもいい』と無意識に思っていて、普段抑制している『唾を吐きたい』という衝動が触発されて、『今がチャンスだ!』と唾を吐きたくなるのではないか」(31歳男性)
「なんとなく。誘われるものがある」(42歳男性)
「そういえばあの時は自然に唾が出てくる」(27歳男性)

 ざっと見る限り、誰もが自覚的な理由でもって事に至っているわけではないようである。また、この4人は全員道端に唾を吐く習慣がなく、「道端に唾を吐くのとか最低」と唾棄している人もいる。小用便器の前でだけ、かの癖が顔をのぞかせる点にも注目したい。

さらなる統計へ
両隣の気配に全神経を集中

 もう少し母数を増やして様子を見ておこうと考え、筆者は再度カウントに出向いた。初回の気づきが訪れたのとは別の駅のトイレである。

 スタンバイして、両隣の挙動に全神経を注目させる。もはや小用のポーズは周りから不自然に思われないための単なる“ポーズ”であり、筆者は無機質で純粋なカウントマシーンと化していた。

 すると、続々と利用者が入れ替わり立ち替わりするのだが、不思議なことに誰も唾を吐こうとしないのである。意地になってきて、もはや小用はどうでもよく、「誰かが唾を吐くまで決してパンツを上げない」と決意し、筆者はさらに息を殺して硬直した。

 15人目の観測対象者が唾を吐かないまま立ち去るのを見てあっけなく心が折れた。筆者はパンツを上げ、手を洗い、敗北感にまみれてトイレを後にした。