「女性の場合は、さらに『その年まで、結婚しないで何をしているの』が加わります。ですから、大学の外の環境がすごく自分に敵対的に見えてしまって」(隠岐さん)

 女性の場合、性差別やセクハラを含めて、ジェンダーの問題は無視できないはずだ。

「女性は、『自分の助けになりそうな何かを探すよりも結婚』『同じ境遇の仲間を探すよりも結婚』という発想に追い込まれやすい現状があると感じています。文系研究者のあり方や、高学歴女性という存在に対する社会の認知が追いついてないからです。すると、家族に救いを求めるしかなくなります」(隠岐さん)

 それはまさに、西村さんの辿った道のりだった。

「大学院修了後」「任期切れ後」を
生き延びるために必要な支援とは

 隠岐さんが若手研究者だった2000年代には、大学と社会の両方に、高学歴無業者を認知できていなかった印象があるという。たとえば大学院を修了または退学して学籍を失ったり、あるいは、研究員や非常勤講師としての所属を失ったりすると、研究に欠かせない大学図書館を使用できなくなる。だから、聴講生・研究生・客員研究員などの名目で費用を支払ってでも、大学に所属する必要がある。

 所属を失うと、組織の健康診断を受ける機会がなくなる。研究補助や非常勤教員としての給与を受け取っていた場合、失業後に失業給付の対象になるかどうかが不明の場合もある。隠岐さんは、「制度面でも、疎外される機会は多かったでしょう」という。

 とはいえ、亡くなった西村さんの研究者としての高い評価は、優れた研究者のための特別な研究資金制度や賞などの制度で裏付けされていた。問題は、それらの制度が2000年を過ぎてから新設されており、西村さんが最初の世代だったことだ。隠岐さんは、それらの評価制度が当時はまだ認知が十分ではなく、分野による温度差も大きかったことを指摘する。