団地の最寄り駅の蕨駅から西川口駅にかけての一帯は、以前から差別主義者のデモの開催地としてよく知られたところだ。発端となったのは、蕨市に住んでいたフィリピン人一家が「不法滞在」を理由に入国管理局から強制送還を迫られたことだった。フィリピン籍の両親には日本生まれの中学1年生の娘がいた。2009年に行われた大規模なデモでは、あろうことかデモ隊が娘の通う中学校の前で「追放せよ」と声を張り上げた。当時、彼女は音楽部の活動中だったという。友だちの前でヘイトスピーチによって罵倒された少女の胸の内を思うと怒りが込み上げてくる。

 以来、蕨や川口では差別デモが定例化し、芝園団地も攻撃のターゲットにされた。ただその一方で、一部の団地住民の中にも、中国人住民を快く思っていない人がいたのも事実だ。著者の取材では、「騒々しい」「階段やエレベーターなどで大小便をする者がいる」などという声が、主に年配の住民から聞かれたという。ところが実際は、騒いでいたのは近所の悪ガキで、大小便も犬の糞の不始末だった。誤解に基づく偏見から広められた噂に過ぎなかったのだ。

 このエピソードで思い出すのが、社会学の名著『オルレアンのうわさ』である。1969年にフランスのオルレアンで、ある噂が広まった。街で何人もの女性が行方不明になっているというのだ。彼女たちは、ユダヤ人の経営するブティックの試着室で薬物を投与され、そのまま外国の売春街に売られてしまったという。ユダヤ人たちはある日、街の人々の敵意に取り囲まれていることに気づく。ところが実際には、誰一人として行方不明の女性などいなかった。すべては根拠のない噂に過ぎなかったのだ。この事件は、ゼノフォビア(外国人嫌い)の愚かさを教えてくれる。

住民どうしの摩擦を乗り越えようとする
芝園団地の取り組み

 本書を読みながら胸が熱くなったのは、住民どうしの摩擦を乗り越えようとする人々の取り組みである。詳しくはぜひ本をお読みいただきたいが、「多文化共生」を研究するひとりの若者が芝園団地に住みついて、内側から団地を変えていくのだ。地域を変えるのは「若者・よそ者・バカ者」だと言うが、彼の並々ならぬ情熱と行動力は、まさにこの格言を地で行くものだ。