見栄を張らない文化も、実質的な豊かさに

 バブル当時は、男性がで無理をして高級乗用車を買って彼女をドライブに連れていき、高級レストランで食事をする、というのが典型的なデートであった。

 今ではアパートで2人、コンビニ弁当を食べながらゲームをするのが典型的なデートなのかもしれない。

 どちらも幸福度が同じなのだとすれば、同じ給料でも今の方がはるかに豊かに暮らしていることになるだろう。デート以外のことに給料を使えるのだから。

 当時は、新品を買うのが普通だったが、今では中古品を買うことに抵抗を感じない人が多いようだ。中古品の個人間売買もインターネットにより容易になった。それによって、安い費用で従来と同様の生活をすることができるようになったわけだ。これも、以前と同じ給料で以前より豊かに暮らせている一因だろう。

ネット、スマホなどの「便利さ」も豊かさ

 インターネットがなかった時代のことを想像してみよう。レポートを書く時には図書館へ行って調べ物をする。レストランを探すには、友人知人にレストランの情報を聞く。どこかへ行くときには時刻表を見る。

 飲み会の日程調整は、メンバー全員に順番に電話をかける。今ならメールで「全員に返信」を頼めばいいだけなのに。

 携帯電話を持てなかった時代を想像してみよう。待ち合わせに遅れそうでも、相手に連絡する手段がない。駅の東口と西口の改札でお互いがイライラしながら相手を待ち続けることもあったはずだ。

 こうした点から考えても、我々が当時よりはるかに便利な生活をしているとわかる。当時はお金を出しても買えなかったサービスが安価に手に入るのも「豊かに暮らしている」ことに違いない。