発売1ヵ月で8万部突破のベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――。去る5月某日、同書の出版記念イベントが、東京の「二子玉川 蔦屋家電」にて開催された。ゲストは『私鉄3.0 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』の著者である、東急電鉄・執行役員の東浦亮典氏。
佐宗氏によれば、東急グループで数々の都市開発を手がけてきた東浦氏は、「VISION DRIVENな(=妄想駆動型の)思考法」の体現者なのだという。お二人の白熱したトークイベントを、全3回にわたってレポートする(第1回/全3回 構成:高関進)。
デジタルを利用して
「妄想」を実現した国
佐宗邦威(以下、佐宗):東浦さんの『私鉄3.0』(ワニブックス)を拝読しました。
この本は、東急グループの歩みを振り返ったうえで、これまでやってきたことや現状でやるべきことを「2.0」として示しているわけですが、やはり個人的には最終章の「3.0」の部分、つまり、東急の「未来」を語ったパートが秀逸だなと思いました。
東急電鉄執行役員
1961年東京生まれ。1985年に東京急行電鉄入社。自由が丘駅駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。
著者に『私鉄3.0――沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』(ワニブックスPLUS新書)がある。
東浦亮典(以下、東浦):ありがとうございます。「3.0」というのは、まさに佐宗さんの『直感と論理をつなぐ思考法』の主題である「妄想」、しかも、私個人が勝手に思い描いている「妄想」です。
東急電鉄は、鉄道と開発、生活サービスが主な事業です。どれもお客様に対する大きな提供価値の場となっており、それなりに成功していると思います。
ただし、これらを1つにできないだろうか、ということを私はずっと感じていました。それが、私の妄想であり「私鉄3.0」の姿です。
1つにするためには、IT・デジタルの力を借りながら進めていくのがよいと思っています。デジタルを掛け合わせることで事業価値が飛躍的に上げることができると考えているからです。東急グループはITとデジタルの領域では、まだまだやるべきことがありますから。
佐宗:東浦さんがそのような「妄想」を抱いたきっかけは、何だったのでしょうか?
東浦:いちばん大きいのはエストニアに行ったことですね。バルト三国の1つ、エストニアはデジタルを上手に利用して、私の妄想を実現しかけている国です。建国から100年ほどの、人口約130万人の小さな国で、歴史的にはドイツ、スウェーデン、ソビエトに蹂躙されてきた非常に不幸な国です。
エストニアはソビエトから解放された二十数年前、資源も国民も少ない、特徴のない国でした。そこで、国の将来の案じた当時の若きリーダーたちがITに目をつけ、すぐさまその方向へとシフトし、愚直にIT化を進めることで、ごく短期間でIT立国になったことで知られています。
佐宗:僕もエストニアには行ってみたいなと思っています。本当にシステムがよくできた、近未来型の国家だという話をよく聞きますね。
東浦:私も行く前には、SF映画や鉄腕アトムのような街並みを想像していたんですが、実際に足を運んでみると、ヨーロッパでも最も中世の面影を残す街が広がっていたりします。
ITの「ア」の字もないような、非常に牧歌的な街の風景ですが、国民の95%が政府の発行するIDカード(日本のマイナンバーカードにあたる)を持っています。
マイナンバーカードは日本ではあまりうまくいってませんが、エストニアでは国民が政府を信用して、自分の個人情報をデータベースに預け、その代わりにそれを超えるメリットを国から享受しながら、どんどん発展しています。
妄想は発信することで
実現に向けて加速する
佐宗:たしかに日本では、マイナンバーが導入されるときには、リスクばかりが強調されていて、それをどう役立てるかということはあまり語られませんでしたよね。
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。大学院大学至善館准教授
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。
著書に『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)などがある。
東浦:わかりやすい例で言えば、持病のある高齢者が、旅先で急に症状が悪くなったけれど薬を忘れた、というとき、IDカードがあれば旅先で処方箋データを提示して薬を買うことごできるんです。
佐宗:なるほど。その人がどんな薬を飲んでいるかも、ITによって管理されているわけですね。
東浦:また、エストニアでも違法駐車はありますが、IDカードと車の位置情報を元に駐車料金の請求が行くような仕組みになっています。
他方で東京では、いまだに監視員のおじさんが2人ひと組で歩いて、一つひとつをチェックして回っている。彼らの仕事を貶めるつもりはありませんが、これだけ人手不足が叫ばれている状況を考えると、やはりもったいないと思いませんか。
佐宗:たしか国政選挙もIDカードを活用しているから、それほどコストをかけずに選挙ができているというのも聞いたことがあります。
東浦:そうなんですよ。エストニアでそうした事実を目の当たりにした結果、「自分が妄想していた社会がもう現にあるじゃないか!」と思いました。
わざわざ自然環境を壊さなくても、実は社会や街の仕組みの面では、ものすごいことが起こせる。そういう確信を持ちながら出版したのが『私鉄3.0』だったわけです。
佐宗:東急電鉄さんの社内での評判はどうでした?
東浦:この本はあくまでも私個人の著書であり、会社としての公式見解を打ち出したものではないんです。
ですから、「勝手に本なんか出版しやがって」と会社から怒られるかと思っていたんですが、これがとても反応がよくて。「わかりやすい!」「読みやすい!」という声をたくさんもらっていて、おかげさまで社内中で読まれているみたいです(笑)。
佐宗:それは希望が持てる話ですね!
東浦:我々はまだこの「3.0」には遠く及ばないところにいて、実現までには何年もかかると思っていますが、すでに社内の一部の議論は、この本の内容をベースにしていたりもするんです。
ですから、私は書籍という形を通じて、「外側に妄想を発信して、内側を変える」ということを実現したのだなと振り返っています。
佐宗:妄想の実現の方法としては、すごいテクニックですね。
東浦:佐宗さんが『直感と論理をつなぐ思考法』で書いているとおり、僕もビジョンや妄想を口にすることから始めたほうがいいと思うんです。
南町田に「グランベリーパーク」という大きな商業施設が2019年11月にオープンします。これは以前に私が手がけた「グランベリーモール」をパワーアップさせたものですが、あれもまさに私たちの妄想からスタートしたものです。
佐宗:とはいえ、そうした直感をベースに仕事を進めるのは大変ではなかったですか?
東浦:直感だけで三十数年のサラリーマン人生を突っ走ってきたので、けっこう苦労はしましたね。とくに若いころなんかは、私がビジョンを語ったりすると、「若造が何を言ってんだ!」などと言われることもありました。
いまでこそ南町田は商業地域として認識されるようになりましたが、私が東急に入社した1980年半ば頃は荒涼たる空き地でした。ただ、駅前で2本の国道が交わる角地でしたから、アメリカンタイプのモールが成立する可能性はあるなと思いました。そこで、「僕に使わせてください!」と手をあげたんです。
佐宗:それが「南町田グランベリーモール」へとつながっていったわけですね。
人を動かす妄想は不可能を可能にする
東浦:当時の東急グループのショッピングモールといえば、「たまプラーザ」などに代表されるような、40〜50代の裕福な層をメインターゲットにした商業施設で、これが見事に大成功していました。ただ、当時の私のような20代~30代の人たちにとっては、マーチャンダイジングがちょっと「上」すぎて、買いたいものがなかったんですよ。
だからこそ、自由になるお金はそんなにないけど、洗練された感性を持っている人とか、家族でリーズナブルに楽しみたいという層のためのモールをつくりたいなと思っていました。
佐宗:それにしてもなぜ南町田だったのでしょう?
東浦:たしかに南町田は田園都市線のかなり西端のほうに位置しています。しかも、やはり買い物というのは、ある種の「ハレ」のモードなので、自分が住んでいる街よりもランクが上の街にいくというのが、常識だったのです。
世田谷の人は渋谷に行って買い物をする、渋谷の人は銀座に行って買い物をするというのが基本でしたから、「わざわざ下り電車に乗って、南町田にまで買い物に行く人なんていないだろう」と言われましたね。
それをクリアするときのヒントにしたのが、アメリカの一部にあったショッピングモールでした。ですから、「ああいうものをつくればいけるはず!」というのは僕のなかでは見えていたんですよね。
佐宗:やっぱり東浦さんは、VISION DRIVEN=妄想駆動を地でやられてきた方ですね。しかもすごいのは、それをただの「妄想」で終わらせずに、しっかりと周囲に提起して、実際にヒト・モノ・カネを動かしているという点です。
東浦:ありがとうございます。周りから見ると、僕の提案というのは、かなり突拍子もないというか、乱暴なものに見えることが多いみたいですね。
たとえば、いまでこそ「アウトレットモール」はそこら中にありますが、当時、「南町田ではアウトレット商品を取り扱う」というプランを打ち上げたときも、周囲からは大反対にあいました。「アメリカと日本では商慣習が違う! 日本では売れ残ったものをメーカーが引き取るから安売りできるような在庫処分品はないよ!」とさんざん言われました。
でも、あちこち回って調査してみると、日本の百貨店は「曲がり角」に来ていて、在庫品を処理したがっていることがわかってきた。そうした現状を踏まえつつ、一つひとつの課題をクリアしながら、完成したのがグランベリーモールだったんです。
いざ開業してみるとうまくいき、周囲からは驚かれました。よっぽど「絶対失敗するだろう」と思われていたんでしょうね。
佐宗:「南町田」とか「アウトレットモール」とかいった発想は、やはり通常のマーケティング戦略だとか市場リサーチとかによっては、なかなか見えてこないものですよね。
東浦さんのような「いま、見えていないこと」を形にできる人材がいるかいないかによって、企業の将来的な成長は、かなり大きく左右されると思います。僕自身も大企業にいたので、その点はすごく痛感します。