発売1ヵ月で8万部突破のベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――。去る5月某日、同書の出版記念イベントが、東京の「二子玉川 蔦屋家電」にて開催された。ゲストは『私鉄3.0 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』の著者である、東急・執行役員の東浦亮典氏。
佐宗氏によれば、東急グループで数々の都市開発を手がけてきた東浦氏は、「VISION DRIVENな(=妄想駆動型の)思考法」の体現者なのだという。お二人の白熱したトークイベントを、全3回にわたってレポートする(最終回/全3回 構成:高関進)。
ビジョンを元に
意見を交換する場を設ける
東浦亮典(以下、東浦):街づくりの仕事では、自治体の職員のみなさんとご一緒する機会が多いんですが、彼らのなかでもとくに30歳前後の世代には「自分はこんな役人になるつもりじゃなかった」と感じている人が大勢います。
民間企業はもっとクリエイティブなことをしていると知って、「役所も変わらないといけないんじゃないか」という問題意識を持っている人は、少なくないですね。自治体も財政が厳しく、いろいろな問題がたくさんあります。
だからこそ、どの自治体もわかりやすい成功プロジェクトが1つでもほしいわけです。そういう人たちを集めて勉強会をすると、みんな目をキラキラ輝かせて自分の思いを語ってくれますよ。
東急電鉄執行役員
1961年東京生まれ。1985年に東京急行電鉄入社。自由が丘駅駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。
著者に『私鉄3.0――沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』(ワニブックスPLUS新書)がある。
佐宗邦威(以下、佐宗):お互いになんとなく思っていることがあるときに、それをぶつけ合う場をつくるのは大切ですよね。
議論することで、知らなかったこと、相手が思っていたことがわかって、お互いに動きやすくなるからです。これは、ビジョンを元にいろんな分野の人を巻き込んでいくときの、1つの方法だと思います。
たとえば、地域の働き方を議論するとき、実際に自治体の方と企業の方、あとは住人の方が一緒に議論しながら、地域の将来の働き方にはどういう可能性があるのかを話し合う。そういう場を設定することは、ものすごく価値があると思います。
東浦:たまプラーザの住宅地の再生を仕掛けたとき、横浜市と東急電鉄の二者間で本格協定を結びました。
しかしその前に「協定を結んでお互いにどんないいことがあるのか」をじっくり考えようということで、横浜市の関係しそうな11の部局の中堅職員の方を集め、2日間にわたってフューチャーセンターセッションをやりました。
ひと口に「横浜市職員」と言っても2万人いるわけですから、部局が違うと何をやっているかお互いによくわかりません。そこで、「郊外市街地の再生」というテーマを立てて、健康福祉局は何をすべきか、経済局や市民局は何をするべきかについて話し合ってもらったんです。
そうすると、「なんだ、あの部局はうちと似たようなことをやっているじゃないか」とか「うちは予算がないと思っていたけど、あの部局と協同すればできそうだな」といったことが見えてきて、みんな目を輝かせるんです。
資本主義でも社会主義でもない
新たな価値を創造する
佐宗:二子玉川の辺りは、東浦さんにとって新しいことを実験する場所でもあるようですが、これからまた新たにやってみたい実験はありますか?
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。大学院大学至善館准教授
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。
著書に『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)などがある。
東浦:「こうあってほしいな」という希望はあります。たとえば、東日本大震災のあとに首都圏も電力不足が心配されました。節電することでなんとか電力を維持しようと、その当時の日本人はみんなで協力しましたが、時間が経ってしまうと忘れてしまうのが人情です。
日本は資源のない国ですし、国力が落ちていくことは目に見えているので、電気を起こすためだけに石油を輸入するのはもったいない。もちろんほかのエネルギーも必要ですが、再生可能エネルギーなどもいろいろな理由をつけられて増えていきません。
なので、自然エネルギーなどを使って動くエリアにする、というようなことをやってみたいですね。みんなでエネルギーを融通し合い、それで生活できるような地域がつくれないかなと思っています。
佐宗:ヨーロッパで「リジェネレイティブリーダーシップ」という考えがあります。あるものを大事にしながら再生させていくリーダーシップの考え方で、自分の子ども世代にちゃんと残していけるような社会モデルに変換するためのリーダーシップが探求され始めています。
今はまだ、2020年に向けてスケールを広げていくという資本主義的なスタイルが支配的ですが、これから先は厳しくなるでしょう。
そんなとき、地に足を着けながらリジェネレイティブに生きていけるようにする――そのためのモデルをつくっていく試みは、すごくチャレンジングだと思います。
東浦:以前、エストニアに行ったとき、IT立国としての基礎をつくった元CIOにお話をうかがいました。
「資本主義はもう限界を迎えている。かといって、われわれにはソビエトに蹂躙されてきた歴史があるから、絶対に社会主義には戻りたくない。それならどうすればいいかと考えて、われわれはIT立国を目指した。
だから、われわれは、今までの国や社会にはないような価値観や仕組みを求めているんだ。まだ適当な言葉はないが、我々はそれを仮に“ニューイズム”と呼んでいる」――彼がそう語っていたことが、すごく印象に残っています。
妄想力で仕事のやり方や価値観を変えよう!
東浦:私も彼と近い感覚を持っています。日本は国レベルではイノベーションを起こしづらいのが事実なのだとすれば、東急線沿線から「ニューイズム」っぽい社会づくりができないかなと妄想しています。
佐宗:ニューイズムという言葉は初めて聞きました。それについてもう少し教えてください。
東浦:そこでキーワードになる概念の一つが、「トラスト」です。私は「信頼資本主義」というような意味で言っている、と理解しています。
佐宗:社会のなかで価値を測る尺度はいろいろありますが、資本主義の尺度は「お金」です。他方、ニューイズムの場合は、「トラスト(信頼)」の蓄積が価値になる、ということですね。
東浦:トラストをいちばん増やした人が称賛されたり、みんなから価値の高い人と認められたりする。みんなが豊かな気持ちになれる生活を目指しているのでしょう。
佐宗:「お金」ではなく「トラスト(信頼)」が大事ということに関連して言えば、最近ずっと思っているのが、「自分の子ども世代のことを考えないで仕事をしていていいんだろうか」ということですね。
僕は企業の未来ビジョンをつくるお手伝いをしたりもしますが、たとえば20年後の未来って、ちょうど自分の子どもが成人したくらいのタイミングになります。そういう未来に向かって、自分は子どものためになるようなビジョンをつくれているだろうかと。
そういう視点で考えると、「20年後に売上を3倍にする」というビジョンを立てても、その会社で働く人たちは魅力を感じないと思います。少なくとも僕だったら「そこじゃないだろう」と思ってしまう。東浦さんにも共感いただけると思いますが。
東浦:僕は上司から「金のにおいのしない男」と呼ばれていますからね(笑)。僕としては会社に貢献していないつもりはありませんし、単純に「稼ぎ方」が変わってきているということだと思います。
目の前のものをどんどん買い取って利益を上げて、中期計画で必ず右肩上がりのグラフを書く、というようなことは、いまだに東急でも続いていますし、他社でもまだ当分は続くでしょう。
一方で、それとは違う価値を複眼で見せていけるようにしたい。あとから振り返ってみたときに、「あ、東急が仕掛けていたことはこういうことだったのか! 全然気がつかなかったよ」と言われるような社会的インパクトのある仕事をしたい。
僕はつねに、ガラッとゲームが変わるようなやり方をしたいと思っていますし、そのための「妄想」を温め続けています。
佐宗:東急電鉄さんは大きな会社ですが、そういう会社にも「とてつもない妄想」を持っている東浦さんのような人がいるという事実に、僕はとても勇気づけられました。
東浦:そういえば、今日も1つ妄想が生まれたんですよ。多摩川の河川敷にはいっぱいスペースがありますから、佐宗さんの『直感と論理をつなぐ思考法』に載っているあのイラストをモデルにした実物の遊具をつくってしまうのはどうかな。
子どもだけじゃなく、大人もあの世界も体感できるようにすれば、「おれって“戦略の荒野”で不毛な戦い方をしていたんだな……」って気づけるでしょう(笑)。
佐宗:それは面白い(笑)。ぜひ実現しましょう。本日はどうもありがとうございました!
(対談おわり)