森嶋はマンションの前で理沙をタクシーに押し込んだ。そのときロバートがやってきた。ロバートはこれから中国に飛び北京でハドソン国務長官と合流するという。
その夜、森嶋はロバートの差し入れの牛丼を食べながら、ハーバード時代の論文をまとめた。数時間の仮眠をした後、テレビのニュースをチェックした。朝のニュースはインターナショナル・リンクが日本と日本国債を3段階格下げした話題で持ちきりだった。
その朝、森嶋が首都移転チームの部屋に行くと優美子が寄ってきた。森嶋は優美子に昨日はロバートに連れられて、インターナショナル・リンクCEOのビクター・ダラスと会ったこと、ユニバーサル・ファンドCEOのジョン・ハンターの動向などについて話した。しかし、村津に紹介されて六本木で室山と玉井に会ったことは言わなかった。
優美子としばらく話していると、村津と国交、財務、総務の3人の大臣が部屋に入ってきた。3人の大臣は、軽く頭を下げると最前列に並んで座った。村津は森嶋に話をするように促す。
森嶋はホワイトボードの前に立ち、ハーバード時代の2つの論文について話し始めた。森嶋の話は2時間に及んだ。最前列の3人の大臣はメモを取りながら、熱心に聞いていた。話が終わり、村津と大臣たちが出ていくと、森嶋の周りに部屋中の者が集まってきた。3人の大臣が来たことで、首都移転チームの雰囲気はガラリと変わった。
その後、森嶋と優美子は遅い昼食に出る。すると優美子の携帯電話が鳴った。財務省の同僚からで、日本国債が大量に買われているという。その時、森嶋の携帯電話も鳴った。理沙からだった。ユニバーサル・ファンドが日本国債を2兆円買い付けたという。彼らが所有する日本国債はこれで32兆円に。それに加えてCDS買いも同時にやっているらしい。理沙はユニバーサル・ファンドが戦争をしかけてきたという。しかし、いくら巨大ファンドとはいえ一民間企業が国家を破綻させることなど出来るのか。森嶋と優美子は、もしかしたらユニバーサル・ファンドの背後には中国が控えているのかもしれないと考え始めるのだった。
第3章
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森嶋を見つめていた優美子が口を開いた。
「なぜ日本の財務状況が世界最悪なのに、日本国債が安定した価格を保ち、利回りが1パーセント前後の世界最低水準を保ってるか分かってる」
「国債の大部分が日本国民による国内貯蓄で買われているからだ」
森嶋は何を今さらという顔で言った。
「私もそう言ってきた。でも、それは結果。いちばんの理由は、日本国民は日本という国を盲目的に信じているからよ。どんなことがあろうと、自分たちの国が破綻するわけがない。だから世界経済がいかに不安定なときでも、日本という船に乗っている限り安心だ。沈むことはない。政府がなんとかしてくれる」
優美子は森嶋に向かって、挑むような口調でしゃべり続ける。
「そしてそれは事実だった。ただし、今まではね。昔は大蔵省、現在は財務省、金融庁、つまり政府と日銀がコントロールしてきたのよ。でも、急激なグローバル化でそれも難しくなってきた。日本政府や日銀の意思だけではコントロールできなくなってきた。世界経済との連動が強くなりすぎたのよ。経済規模が巨大になりすぎて、精神論だけじゃ、ついていけなくなった。リーマンショック、ユーロ危機がそうだった。でもまだ多くの日本人は、その恐ろしさを十分に理解していない」
「じゃ、今後は政府も日銀も日本経済を護り切れないというのか」
「残念ながら」
優美子は森嶋を見つめて言った。