とはいえ、そんな無粋なことは、その場ではできない。まわりには偉い人だらけだし、ひとり一部位1枚ずつがルールのはずだ。そうこうしているうちに、残り1枚になってしまった。しかし、誰が箸をつけてないのかわからないが、その1枚がいつまでも残っている。談笑しながらも、その1枚に気を取られていた筆者は、「もういっそのこと、さっさと誰かの胃の中におさまってほしい」と願った。そんなモヤモヤを抱えながらも、結局、その1枚は宴会が終了するまで残り続け、最後は光沢を失いカピカピになってしまった。

 誰もがこんな思いをしたことがあるのではないか。そう、世にいう「宴会の皿に残った最後の一品問題」である。我が国では、なぜかこの問題が起こりやすい。誰が最後の一品に手をつけるのか。それは失礼な行為なのか。それとも料理を無駄にしないという使命感に燃えた、勇気ある一手なのか。その「常識」は明確には定まっていない。

女性はとくに手を出しにくい?

 筆者の場合、偉い人が集まる仕事絡みの宴会だった、ということも状況的に判断を難しくさせていた側面がある。「食い意地が張っている」「若輩者のくせに厚かましいと思われたくない」という心理が働いていたし、もしかしたらその中でも一番偉い人が楽しみに残していた一品だったかもしれない。そう考えると、目先の衝動よりも自分の立場をわきまえ、節度ある行動を心がけようという気持ちが優先される。

 しかし、この問題は友達や同僚同士の宴会でもよく起こる。あの最後の一品に誰が手をつけるのか。楽しい宴会の裏で、そんな心理戦が繰り広げられてしまう。とくに唐揚げや焼き鳥といった、明確な形があり、しかも居酒屋メニューとして人気のある一品に起こりやすい。サラダは事前に取り分けるケースが多いし、お新香などの気楽なメニューは注意が集まりにくいため、ささっと最後の一品に手を出すことができる。

 ある女性に聞いてみると、「とくに女性は、食い意地が張っていると思われたくない心理が働くのでは」と話してくれた。宴会でのジェンダー的な問題としては、「サラダや鍋の取り分け」はよく語られるが、「最後の一品」にも同じ問題が潜んでいるのだ。